| 1941年 |
東京都生まれ |
| 1965年 |
カリフォルニア大学(バークレイ校)卒業。専攻はジャーナリズム・
国際関係論。 |
| 1967年 |
読売新聞社入社。 |
1971年
|
ワシントン特派員。(当時ワシントン支局長は渡邉恒雄現読売新聞社会長)。
その間沖縄返還交渉、ウォーターゲイト、ロッキード事件などを取材報道。
米大統領の中東、欧州、極東外遊同行取材。 田中角栄首相の「日本列島改造論」を鋭く批判した米アーツ衛星「日本列島をとらえた」企画で日本新聞協会賞最終候補。
その他社長賞、編集局長賞など数回。
|
1976年
|
帰国後、自民党・大平正芳幹事長番を振り出しに中曽根派担当、外務省、防衛庁、
総理官邸各キャップを歴任。その間、日米首脳会談、サミットなど5回取材報道。
欧州、アジア各国ロービング取材。 |
| 1989年 |
政治部デスク |
1992年
|
シンクタンク部門、社長直属調査研究本部主任研究員として日米関係、外交一般を担当。
その間、下田会議、日韓フォーラム日本側代表として国際舞台でも活躍。 |
| 1995年 |
母校のカリフォルニア大学ジャーナリズム大学院客員教授として招聘される。 |
| 1997年 |
同大学院上級研究員として「日米報道比較論」を担当。 |
| 1998年 |
同大学院上級研究員の傍らパシフィック・リサーチ・インスティチュート上級研究員。 |
| 1999年 |
同所長に就任。 |
|
2000年
|
同所長を務める傍らジャーナリストとしての執筆活動を再開。
日本向けにはサピオ、潮、選択、ブリタニカ国際年鑑、サンケイ新聞、聖教新聞などに
深みのあるアメリカ報道、またアメリカ向けにはロスアンゼルス・タイムズ、
JPRリポートなどに日本政治社会情勢について寄稿。米公共放送NPRラジオのゲストとして
出演するなどその精力的なジャーナリスト活動はチャルマーズ・ジョンソン教授ら
米ジャパノロジストたちから高い評価を得ている。 |