2010年07月01日
ミスターラグビー・平尾誠二「セオリーなき時代に求められるリーダーシップとは」
華々しいラグビーのキャリアの中で、常にキャプテンとしてその中心にいた平尾誠二さん。伏見工業高校での全国大会優勝、同志社大学での大学選手権3連覇、神戸製鋼では7年連続、チームを日本一に導きました。15人のチームが一つにならなければ勝つことができないのが、ラグビーというチーム競技。11度の日本一は、まさに驚異的な実績ですが、これはまた、プレーヤーとして有能だけではなく、キャプテン、リーダーとしての平尾さんの才能を世に広く知らしめることになりました。
ラガーマンとしてだけでなく、講演者として、著者として、リーダーシップに関して数多くのメッセージを発信し、高い評価を受けてきた平尾さん。現在は、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督として活動される平尾さんに、ますます難しさを増している<今の時代が必要としているリーダーシップ>について、お話をお聞きしてきました。
我慢の時間も必要だ、とリーダーはしっかり伝えるべき
――中学からラグビーを始められて、キャプテンやゲームリーダー、そして監督として、ずっとメンバーを引っ張る立場にあられた平尾さんですが、チームをマネジメントする上で重要なことは何だとお考えですか?
「僕は現役時代、キャプテンを務めてゲームリーダーを担っていましたが、試合中、当然うまくいかない場面が訪れるわけです。そんな劣勢の時、ハーフタイムに山口良治先生(当時・伏見工高ラグビー部監督)にこう言われるんです。『平尾よ、なんとかしろ』と。この『なんとかしろ』という言葉は、今思えばマネジメントの究極の“ワザ”だったような気がします。というのも、なんとかしろと言われたら、もう『なんとかする』しかないわけで(笑)。そう言われた瞬間に、残り時間でできる、さまざまな要素が一気に頭に浮かぶんです。そして優先順位を作る。ノーサイドの笛が鳴る瞬間に1点でも多く点を取っていればそれでいいんです。そのためには何ができるのか。それを順番にやってみる。こう考えると、意外とシンプルな話なんですが、僕はマネジメントとは、『なんとかさせる』ことだと思っているんです。リーダーのセオリーや王道なんてありません。重要なのは、何をすればいいのか、どうすればいいのか、それをいつも頭の中で考えておくことだと思います」
――「なんとかさせる」とはいっても、メンバーから反発を受けたり、周囲からの厳しい意見もあったと思いますが、それにはどう対峙しておられたのでしょうか?
「何か指摘を受けたときには、それもそうだな、そういう見方もあるな、と思うようにしていました。そもそも、リーダーでない人にはリーダーの気持ちがわからないわけですから。立場が違いますからね。だからリーダーは、『自分の気持ちをわかってくれ』ということだけは言ってはいけないと思います。わかりっこないからです。リーダーは、それくらいの覚悟を持って物事に当たらなければいけないということです。
その一方で、目標に向かっていくにはフォロワー、つまりメンバーのみんなが我慢しなければいけないこともあるということを、リーダーはしっかり伝えなければいけないと思います。スポーツでもビジネスでも、勝つには道筋がいくつかあります。強い組織には道筋がたくさんあるし、そうでないチームには少ない。その道筋を辿っていくには、リーダーがそれを示し、辿るための大変さも伝えなければいけない。これもまたリーダーの重要な役割です」
――リーダーが行動する上で、最近、特に難しくなっていると感じることはありますか?
「あらゆるものがビジュアル化できるようになったことで、昔と比較するとフォロワー側の理解力や想像力が減退しているということが挙げられます。今は見せたいものを映像で解説できるようになっている。ラグビーの指導でいえば、パソコン上でVTRを使ったり、スロー再生や写真を使ったり。もちろん理解力が高まるわけですから、利用が進むのは当然だと思います。ただ、昔はそんなものがなくても、みんな理解していたわけですね。技術革新は大変にありがたいことですが、一方で、理解する能力は減退しているかもしれない、という危機感は持つべきだと思います。映像を見ることに慣れてしまえば、それぞれが自分の頭の中でイメージし、具現化していく作業ができません。ですから、抽象的なミーティングをすることが許されなくなってきている。
だからといって、映像化をやめろということではありません。技術革新の恩恵は最大限に受けつつも、いかにメンバーや部下の理解力を高めていくか、ということも合わせてリーダーは意識する必要があるということです。そういった意味での難しさはありますね。
それこそ、メールがない時代は、例えば恋愛にしても、ツールは手紙や電話だったわけでしょう。ここではみんながいろんな想像力を働かせていました。親が電話に出たらどうしよう。手紙がなかなか来ない理由はなんだろう…。でも、こういう想像力が、後にもっと大きな世界での想像力につながっていったと思うんです。 今は生産性が重視され、効率が重視される。無駄が削られて便利なツールが増えた一方で、その分、大切なものが失われているという現状は、マネジメントをする上で無視できなくなってきていますね」
勝ち目のないゲームでは「やる気」は出ない
―――企業では“いまどきの社員”の「やる気」をいかに引き出すか、ということに悩まれているケースも少なくありません。
「そもそも『やる気』とは何か、ということを考える必要があると思います。今は特にやる気を引き出しにくい時代ではないでしょうか。情報が多く、現実があまりにはっきり見えてしまうために、自分の実力が相対的に理解しやすくなっている。そのせいで若い人たちが入り口のところであきらめてしまっているように思います。いくら頑張ったところで“下克上”はなさそうだし、自分のレベルではせいぜいこの程度だろう、と。やる気を引き出すどころか、引き出すべき『やる気』自体が無い。これは極めて危ない状態だと思います。
つまり、まずはそうしたあきらめの空気を壊していかないといけないということです。努力したり、才能があれば、チャンスがあるんだということを、きちんと示す必要がある。これは世の中全体もそうですし、企業でもそうですが、やる気が出るようなムードや環境づくりを意識しないといけないということです。チャンスもない、勝ち目もない、という状況はまったく面白くありませんし、やる気など出るはずありませんからね。
以前、『勝ち目のないゲームでチームにやる気を持たせるにはどうすればいいですか?』という質問を受けたことがあります。しかし、勝ち目のないゲームでは、やる気が出るはずがありません。勝ち目があるからやる気が出るんです。ですからリーダーは、どんなに厳しい状況にあっても勝つチャンスを見出し、それをメンバーにきちんと伝え、『そうだな』と納得させることが、やる気を引き出させるためにはまず必要なことだと思います」
――「やる気」には適切な目標設定が重要だと思うのですが、部下のモチベーションを大きく上げる目標設定とは、どのようなものでしょうか。
「大事なことはチーム内でコンセンサスが得られた目標にすることです。あくまで、『叶いそうな夢』にする。現実感があって、頑張れば届きそうな夢なら、やる気が出てきますし、プランも具体的になります。達成するための道筋が浮かばないようなものは現実感が無い夢なんです。
もうひとつは、その目標や夢に『大義』があるということです。企業はもちろん利益を出すことが重要ですが、これは大義にはなりません。誰かの役に立つ、社会のためになる、といった、誰もが納得できて実感できる大義を持たせることが大事です。そして組織の目標を個人に落とし込むときには、頑張ってギリギリ達成できるものにすることですね。
それとは別に、日頃の努力の仕方を見ていると、個々のメンバーが自分で目標を持っているか、いないかがわかります。スポーツの世界なら、目標とする選手がいたり、レギュラーになることが目標になる。やはり到達できる何かがあるから頑張れるわけです。ここでリーダーがもし、そんな彼らの目標を理解したり、推測できていれば、的確なアドバイスができます。逆にわかっていなければ、トンチンカンなアドバイスをしかねません。部下が自身でどんな目標を持ち、どうなりたいと思っているのか、それをしっかりと聞いておいたほうがいいと思います。 またそれが、チームの進む方向と違う方向に向いていないことも確認しなければなりません。チームがやろうとしていることとズレていたら、軌道修正する必要が出てくる。ただし、真っ向から否定することはやる気を削ぐことになりますから要注意です。やっぱり、しっかり話し合いをすることが大切になるんです」
――叱りにくさ、という点でも悩みは多いようです。
「叱るのが難しいという声はよく聞きますね。ただ、リーダーがキレたらダメです。キレたフリをするくらいがいいと思います。そうすることで、部下に『この人でもキレるのか』と思わせることができる。でも、本当にキレたらダメです。僕は今のリーダーは、『キレない・媚びない・意地を張らない』、この3つが大事だと思っています。
叱るときに注意しないといけないのは、状況をしっかり把握することでしょう。例えば、部下が遅刻したとする。遅刻自体、怒られるのは当然です。10分遅れたことで組織に迷惑がかかったら、それは全員の時間を10分奪ったことになるわけですから。ただ、なぜ遅刻をしたのかは、聞いてやったほうがいい。夜中までテレビを見ていたなどというのは言語道断ですが、例えば病気など、やむをえないと思えるような理由もあるかもしれない。それは聞いてやったほうがいいと思います。本人の納得度も高まりますから。ただし、ダメなものはダメですから、みんなの前で謝らせるなど、けじめをつけさせる。『叱る』という行動はやはりリーダーには必要なのです」
求められるのは「負」を「正」にする力
――マネジメントをするときには、部下の長所を伸ばすべきなのでしょうか。欠点をカバーすべきなのでしょうか?
「それは、両方しなければなりません。リーダーは両方を心がけなければいけないと思います。ただ、特にスポーツでも企業でも、日本の組織でリーダーが戸惑うのは、エゴの強いタイプの人間をどう扱うか、かもしれないですね。シュートすべきところでパスしてしまうなど、サッカーでも日本人のエゴの少なさはよく言われるところですが、それは日本の文化も影響しています。和を重んじる日本社会では、こういったタイプはチーム内で嫌われかねないからです。ただ、サッカーに限らず、日本はこれからこういうタイプの人間を飼い慣らしていかないといけないと思うんです。なぜなら、扱いにくさはあっても、その分、大活躍する可能性を秘めているからです。
そこで組織全体で考えたとき、注意しなければならないのは、褒め方です。エゴの強いタイプを手放しで大きく褒めると、本人にはエゴを増長させてしまい、組織は盛り上がらなくなってしまいます。ただし、結果を出したのに褒めないというのは、ありえない。だからこういうときは、一人だけ呼んでリーダーが褒める。一対一でしっかり褒めるんです。そして、『みんなのおかげ』を強調するように伝える。それがお前のためになるんだ、とリーダーは自信を持って言うべきです。実際にそうなんですから。
そして全体を前にした場合、貢献度がないように見えても、こっそり頑張っていたメンバーを中心に褒めるべきです。例えば、エゴの強いAが受注に成功しても、実は後ろで企画書を作ったBや、リサーチをしたCがいたりする。そのBやCをこそ、みんなの前で褒めるんです。これは盛り上がります。全体のモチベーションにつながっていきます」
――最近では、リーダーに求められる資質として、「人間力」というキーワードがよく聞かれます。どのようにすれば、人間力を高められるとお考えですか?
「人間というのは、経験を力に変えていくことがとても大切になると僕は思っています。とりわけ、過去の失敗や後悔、辛くて苦しかった、いわば『負』の出来事を、自分の中でいかにプラスの方向へ転換できるかどうか。どんな経験も自分の肥やしにできてしまう。そういう力のある人が、『人間力』のある人だといえるのではないでしょうか。キャパシティのある人、と言ってもいいかもしれません。
世の中には、不条理なこと、理不尽なこと、矛盾することが山のようにあります。それを真正面から受け止められるかどうか。チームづくりや組織づくりをする上で、こうしたものを徹底して排除するという方法もあります。すべてを規律で作り上げてしまうやり方もある。でも、その結果は、味気ない、そっけない、なんの面白みもないものになるんです。
一見、負に思えるもの、無駄に思えるものが、すごい力になっているという面もあるんです。だからこそ、生産性や効率ばかりを追い求めることの危険に気づかなければいけない。リーダーシップというのは、そうしたネガティブなものを受け止め、自分の中で浄化していって、栄養にしてチームに与えていく役割があるんです。こういう力が、これからはますますリーダーには必要になってくると思います」
――中学、高校、大学、社会人とずっとチームのキャプテンを務めてこられた平尾さんだからこそ説得力がありますね。
「もちろん僕も、『リーダーとは』と最初から分かっていたのではなく、いろんな経験をすることで勉強することができました。でも最近、はたと気づかされたことがありまして、僕はそもそも、『リーダーとは孤独な存在である』と思っていました。メンバーのいやがる練習もさせないといけない。いやなことも言わなければいけない。彼らから見たら非常に“煙たい”存在です。ですから中学・高校時代は、練習が終わってみんなが遊びに行くときに、僕だけポツンと残るようなこともありました。でも、それは仕方がないことだと思っていました。むしろ、こっちからは近づかないでおこうと思っていました。重要なのは、勝利すること。これが求心力を生む。あいつならなんとかしてくれる、というメンバーの意識や信頼を生む。それはそれで必要なことだったと思っていますが、ようやく最近になってわかってきたことは、孤独だったと言いながら、実はこまごまとサポートしてくれていた人間が近くにちゃんといたのだということでした。また、それこそメンバーたちは実は優れたフォロワーであってくれたということです。そういう関係性があって、チームがうまくいっていた。ですから、彼らに言わせれば、『何が“孤独”だ。俺たちはお前に必死についてきたんだ』と怒られてしまうかもしれません(笑)。ですから、『孤独』という言葉の使い方に気をつけなければいけない、と思うようになりました」
――最後に、ご自身がリーダーとして持っている信念とはどのようなものか、教えてください。
「特に何か強く持っているものがあるわけではありません。でも、責任がある、ということは常に意識しています。そして、自分が思ったことを絵にしていくこと。メンバーがその絵に共感してくれているからリーダーでいられる、もっといえばチームは成り立っているわけです。ただ、この絵を完成させるためには努力が必要です。時にはうまくいかないこともある。結果を出せず、支持を得られないこともある。でも、そうなったときにはリーダーは替わればいいんだと思うんです。大事なことは、リーダーでい続けることではありません。組織が勝つこと。リーダーはその覚悟を持つべきだと僕は思います」
――本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。
取材・文:上阪 徹 / 編集・写真:上原 深音
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