アベノミクスにおける三本目の矢、成長戦略において、雇用規制の緩和が議論されているのは歓迎すべきことです。企業を元気にするには、金融や税制面での支援、企業活動の自由を縛るような諸々の規制の見直しだけでは不十分で、日本の人材力を活かすための改革が必要だからです。しかし今のところ、「解雇規制の緩和」ばかりに焦点が当たっており、金銭解決による解雇を認めてしまえば失業者が増える、雇用不安が増すといった反対論が噴出しています。このままいけば、解雇規制だけではなく、雇用に関する改革全体が先送りされるのではないかと危惧しますし、それは成長のチャンスを逃がすことにもつながるだろうと考えます。
「解雇規制の緩和」について言えば、金銭解決による解雇を認めるのは、そう悪いことばかりではありません。まず、理不尽な処遇や扱いを行って、むりやり退職に追い込むような例は減るでしょう。現在、会社は厳しい要件をクリアしない限り、社員を解雇できないので、自分の意思で退職してもらうしかなく、あの手この手で退職を迫るようなケースもあります。しかし、会社だってそれを好き好んでやっているわけではないので、金銭解決の道ができれば、陰湿な辞めさせ方はしなくなりますし、従業員側もお金をもらって辞めることができます。
採用のハードルも下がるでしょう。辞めさせられない人の採用に慎重になるのは当然で、正社員採用とパート・アルバイト採用の面接の回数や選考手続きが違うのは、そのせいです。正社員であっても、金銭の支払いによって雇用関係が終了できるのであれば、企業は採用に前向きになるはずです。若年層の就職難や失業率の高さが問題になっており、これを放置すれば将来的には大きな社会的損失につながるでしょうが、解雇規制を緩和して採用のハードルを下げることは、この問題の解決策の一つになり得ます。つまり、「解雇規制を緩和すると失業者が増える」とは言い切れず、若年層の正社員雇用が進み、かえって総数としては増加する可能性もあります。
一方、雇用差別を禁じる方向での規制強化も必要です。一つは、男女差別の問題。男性しか採用しない会社、女性の管理職や役員がいない会社、女性の業務内容や昇格などに制限を設けている会社は、まだまだ沢山あります。男女雇用機会均等法の施行から27年が経ちますが、依然として有能な女性を十分に活用できていない状況であり、保育所の拡充といった環境整備だけでなく、採用・登用についての具体的な数値目標と、場合によっては納付金制度を設置するなど、踏み込んだ施策が求められる段階ではないかと考えます。
もう一つは、正社員と非正規社員との処遇格差の問題。経験によって毎年労働の質が向上していくというのが定期昇給を行う根拠であるなら、それは正社員に限った話ではありません。そもそも、何歳になっても年々習熟度が増していくはずはないので、定期昇給は合理性に欠けた雇用慣行、あるいは年功的賃金カーブ維持のために残っている制度なのであって、これを正社員だけに適用するのは差別的処遇システムと言えるでしょう。賞与や諸手当についても、貢献度・業務内容・属性に応じた支給がなされるべきだと思いますが、実際には正社員・非正規社員という雇用形態によって支給基準が異なっており、その理由は不明確な状態です。他にも研修機会や福利厚生などに大きな差があり、この身分差別のような状態は是正されなければなりません。「入社の仕方や労働契約の形態を根拠にして処遇差を設けること」を禁じるような規制が必要だと考えます。
特権をなくせば、正社員の処遇水準は下がりますが、それは雇用が守られやすくなることを意味します。その原資が、若年層の採用や非正規社員の処遇水準向上に回れば、就職率も定着率も向上するはずです。経済界に対して首相からの賃上げ要請がありましたが、既に給与の高い中高年の男性正社員に対してではなく、低所得者に対して賃上げするほうが消費に回りやすいので、デフレ脱却に好影響を与えるでしょう。合意形成は容易ではないでしょうが、成長戦略における重要課題として、解雇規制の緩和、雇用差別の撤廃などの雇用制度改革が実現することを期待します。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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