ワーク・ライフバランスというと、余裕のある人のための考え方、という印象が強いが、実はそうではない。
失業率の高さで知られるアメリカやヨーロッパ先進国、最近はアジア諸国でも見直されている、
個人・組織が競争に勝っていくために必要な戦略的考え方の一つである。
今回は、現状の日本の課題を踏まえた、ワークライフバランスの実際についてお話をお伺いしました。
パク・ジョアン・スックチャ (ぱく じょあんすっくちゃ)
ワーク/ライフ ・ コンサルタント
日本生まれ,韓国籍。
米国ペンシルバニア大学経済学部卒業。
シカゴ大学MBA((経営学修士)取得。
米国と日本で米国系企業に5年間勤務。
その後、韓国延世大学へ 語学留学。日本に戻り米国系運輸企業に入社。
同社にて日本、香港、シンガポール、 中国等,太平洋地区での人事スペシャリストおよび管理職研修企画・実施を手がける。2000年2月に退社。
同年12月に日本で最初のワーク/ライフ・コンサルタントとして独立。
近年はダイバーシティ(多様性)にも力を入れている。
個人と組織を強くする~ワーク・ライフバランスとは?
-日本では今、従来どおりの働き方の見直し、ワークライフ・バランスを考え直すという流れが生まれていますが、その理由をどのようにお考えになりますか?
やはり、今までの働き方ではもう機能しなくなってしまっている、と多くの人が気がつき始めているからでしょうね。
高度経済成長と言われた物作りの時代、80年代までは労働時間の長さ=outputでしたよね。物を作るという。
それがIT革命によって機能しなくなったんですよ。IT革命が成功の方程式をまったく変えてしまった。働けば働くほどoutputが出来る、という成功方程式が通用しなくなりましたね。
実は、これを講演でお話すると意外と知らない方も多いのですが、数字的に見ても、90年代から日本の国際競争力ランキングはどんどん低下しているんですよ。国際競争力、IMDは、毎年どの新聞でも発表されてはいるんですけど、2005年度で21位。また、労働生産性は主要先進国7カ国の中で最下位なんです。労働時間はどの国よりも長いのにも関わらず。経済大国日本ですから、GDPは2位ですが、これは人口が多いからですよね、1億2700万人。しかし、労働生産性という一人あたりの付加価値で見ると、非常に日本は低いわけです。
それに加えて、長時間労働や人間関係でのストレス、少子化による人口減少の縮小経済の中で従来の終身雇用制度の崩壊、仕事一筋で頑張ってきた夫との熟年離婚や、少年犯罪と家庭崩壊、と問題がたくさんで、従来どおりの働き方ではやっていけなくなってきているんですね。ただ長時間働けば良い、ということでは機能しなくなっている現状があると思います。
-生産性という点では、欧米での働き方にあるような成果主義という制度が、なかなか日本では浸透しなかったように思うのですが、その関係もあるのですか?
実は、IT革命の前は、欧米諸国の方が日本に比べて専業主婦率が高く、役割分担は欧米にもあったんですよ。それが、90年代のIT革命を機に、暗黙の終身雇用が海外では守られなくなったんです。その時日本の場合は、経営者の終身雇用に対しての価値観が非常に強かったため、雇用がいくら不安定になったとはいえ、海外に比べたら圧倒的に守れていました。リストラと騒がれた90年代の失業率は、日本で4%から5%。アメリカの景気が絶好調の時と同じ失業率なんです。最高の景気の国と最悪の景気の国の失業率がほとんど同じ。ヨーロッパで景気が悪ければ、10%くらい普通にいきます。
ただ、 一つのシステムが40年もうまくいく事例がなかったのも事実で、戦後40年、終身雇用の経営システムがうまくいっていた。戦後の悲惨な状況から、今の裕福な生活になれたのは、やはり団塊世代、終身雇用のおかげですよね。だからその時代にはベストだったんです。今の時代には合わなくなってきましたが、成功の期間が長すぎる分、すぐに変るのは難しい訳ですよ。日本が長時間労働になった理由には、終身雇用という安定の代わりに会社に尽くすことが良いこととされていたという暗黙の了解がありましたからね。なかなか一筋縄ではいきませんね。
実は、欧米の人は個人主義が基本にあるので、終身雇用があった時代も、自分のライフは守ろうと、ある程度の時間がきたら、会社から帰るというのは普通にありました。日本人の場合、会社が終わって早く帰れるとしても、その空いた時間に何をやるか、と言ったら、思いつかないという声も今ではよく聞きます。
私の場合、アメリカの友人に、夫が8時に帰ってくると言ったら、皆「That’s late!」(遅い!)と驚きます。日本だと早すぎると言われますが、このギャップは大きいですね。でも今のような時代、家族皆でご飯を食べながらコミュニケーションを取る時間をわざわざ作ることは、とても大切だと思いますけど。
-時間の使い方は問題ですね。欧米の例を見ても、生産性は仕事にかける時間に比例するものではないように思えますし、長時間労働の解消が、生産性の向上や、家庭でのコミュニケーションの問題解決の糸口になるとお考えですか?
私は、長時間労働がいけないというよりは、仕事しかできない働き方によって、キャリアとライフと老後の自己責任が果たせなくなること、これが問題だと思っています。今の働き方は多くの人にとって仕事だけしかできないんですよ。あまりにも長いから。プラス通勤をいれると、1日会社に行って帰ってきて終わりじゃないですか。そういう生活だと、忙しさの中でいつのまにか個人のモチベーションも低下していき、生産性の低下を引き起こす原因になってしまうようにも思います。
何より、個人の付加価値を付ける時間が取れないのは、個人にとっても、その個人が集まる組織にとっても良くないことですよね。勉強という点では、欧米では終身雇用がない分、自分の雇用を維持するために仕事以外でも自分のスキルや能力を高める勉強を皆必死にやるんですよ。「Contribution=お給料」なんです。やった分だけもらえるという。勉強の理由の1つは、失業回避のため。もう一つは、ステップアップのため。この二つのモチベーション、外圧から社会人が勉強するんです。それに、今は欧米だけでなく、アジアも勉強しています。グローバル化の波で、ソフトウェアやコールセンター、バックオフィスの給与計算などの経理関係も賃金の安い方にいっているわけですし。 こんなに変化が激しい時代に、日本では社会人が勉強しないこと、目の前の仕事以外での勉強の時間が取れない、というのは危険なことだと思いますよ。日常の仕事だけしていて、どうやって自分の付加価値やスキルを高められるのか?という所に目を向ける必要があると思います。
自己投資の時間の差が、これからの時代、大きくなってくるはずです
―ワークライフ・バランスの中でも、ワークの面では個人の「付加価値」を高めることが、
重要な要素になってくるわけですね?
そうですね。ワークライフ・バランスは、ワークの面だけではないので、ワークとライフの両面を包括的に考える必要があります。少子化の年金問題もありますので、老後も考えなければなりませんし、私は、これからのワークライフ・バランスは、「キャリア」と「ライフ」と「老後」この3点が大切だと皆さんにはお話しています。このキャリアという部分で、 個人の付加価値を高めることが、結局組織への還元に繋がりますし、まずそういう意識のある社員の集まりでないと、今後、会社として市場競争に勝ち残って行けないのではないかと思っています。
-では、実際にワークライフ・バランスを考える上で、
実現する形として考えられるものはありますか?
そうですね。もっとメリハリをもって働くことですね。本人のためにも会社のためにも。毎日5時や6時に帰れと言っているわけではなく、やることはやるにしても週に何回かは勉強する時間や運動する時間、家族と夕食をとる時間を作ることをした方が良いと思います。例えば、結婚にしても熟年離婚や、年金問題、家にいる妻との関係さえ、仕事だけでは崩壊していくじゃないですか。釣った魚には餌をあげないみたいな状況を長くやっていると、結果的には良くないですよね。
日本と海外で働いた人が口をそろえて言うのは、日本の方が絶対に仕事量が多いということ。会議の長さとか無意味なレポート、といろいろとあるようですが。まずは組織が大きく変ることは出来ないので、個人それぞれが無駄をなくすよう心がける必要がありそうですね。
トリンプ・インターナショナル(株)の吉越浩一郎社長は、奥様がフランス人というのもあるかもしれませんが、ワークライフ・バランスに長けた人だと思います。 早朝会議や徹底的に無駄を省いてノー残業、夏休みには率先して休みを取り、3週間は奥様の実家である南フランスでゆっくり過ごすとか。「がんばるタイム」や「禁煙報奨」など、ユニークな取り組みのアイディアは、そういうライフの充実から生まれてくるんですね。
私の場合は、ワークファミリー・バランスです。子供が二人おりまして、小学2年生と6年生。夕食は家族全員で食べていますが、仕事と家庭の両立は大変ですね。朝5時には起きて、ジョギングで自身の健康管理、仕事、毎日洗濯もご飯もありますからね。それでも、夫が週末は食事を作ってくれますし、男女共同参画という言葉もあるように、女の人一人じゃ無理ですから、夫婦で協力してやることが実現の道かと思います。それでも毎日、時間は足りないです(笑)
そして、今は、ネットワーキング。仕事が忙しすぎて、会社内だけのネットワークになってしまうと、自分のキャリアも発想も範囲が限定されてしまいます。そういう時間も意識的に作るとなると、本当に時間管理は大切になってきますね。
-時間管理ですね。それを行うのにしても、まず自分がどのような時間が必要なのか、
個人それぞれが自分自身と向き合う必要がありますね。
そうですね。やはり自分の時間の使い方を抜本的に見直すということと、自分がどうしたいかという部分を突き詰めていく必要があります。目標設定の面でも。
基本的に、ワークライフ・バランスというのは、「働きながら責任や要望を果たせる環境づくり」なんです。仕事だけをしていれば良かった時代から、働きながら、同時にいろんなことをしていかなければならない。そうすると今まで通りではどうしようもないので、そのやり方を個人個人が考えなければならないわけですね。
この間びっくりしたのは、1年で暗記力を高めて東京大学に合格した、という本が出ていたのですが、この情報化社会の中では知識の価値は下がっているんですよ。ただで簡単に手に入るものになってしまうので。
いまや、 人間の記憶力なんて、メモリースティック1本の方がよっぽど性能が良い。(笑)
つまり社会に出たら、情報をどう活用するか、という考える力の方が大切なんですね。
そういう意味でも個人それぞれが、まず自分のことから考える時間を作ることから始めなければ何も生まれないというのは確かですね。
-最後に講演を考えていらっしゃる方々にメッセージを頂けますか?
働き方を変えるというのは、必ずしも職を変えるということではありません。個人それぞれが自己責任をしっかり考え、能力を高める努力をすること。そして人生全体を豊かなものにするために自主的に動くこと、これが重要なポイントだと思います。
個人も会社も伸ばしていくためには、まずは意識の変化から始める。変ることには不安もつきものですが、 私はよく「健全な危機感」を持ってもらいたい、と言っています。それは「怖い」という不安がる危機感ではなくて、「もっといい自分になりたい」というね。自分が変りたい、と思えばいつでも変れると私は思います。年齢や性別も関係なく。
あとはぬるま湯を出るのは自分ですから、自分で決めることですね。
「楽をして成長」なんて、絶対にできないですから。
-動くも動かないも自分次第。そして、その意識を社員一人一人に芽生えさせることが、会社にとっても利益になるということですね。パクさんの講演は、いいきっかけ作りになりますね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
文・写真 :鈴木ちづる (2006年9月1日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
パク・スックチャぱくすっくちゃ
株式会社アパショナータ 代表
日本で最初にワークライフバランスを推進するコンサルタントとして企業における社員意識の改革、働き方改革及び教育研修に携わる。また米国とアジアに精通したグローバルな経験を活かし、グローバル化と複雑化する多…
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