長髪にバンダナ、ヒゲがトレードマークの数学者・秋山仁先生。研究者の少なかった『グラフ理論』に若くして取り組み、世界にその名を広めた第一人者です。現在は、東海大学教育開発研究所教授として研究に勤しむだけでなく、より多くの人に数学の面白さを伝えるため、講演会やメディア出演などで、多忙な日々を送っています。
今回は、ビジネススキルをワンランクアップさせ、毎日の生活が楽しくなる“発想力”の鍛え方について、秋山先生にお話をお伺いしました。
落ちこぼれから数学者へ―“真実の美”に魅せられて
―恐縮ですが、学生時代の秋山先生は優等生ではなかったと伺っています。どうして数学者になろうと思われたのですか?
たしかに学生時代は良い成績と悪い成績の差が非常に激しかったですね。同じ教科の中でも、好きな単元の試験は良い点数だけど、興味の無い単元の時はひどいものでした。ビリもあったかもしれない(笑)。ただ点数はともかく、数学は一貫して好きでした。数学者の道を選んだのは、小、中、高と良い先生に出会えたのが大きく影響しています。特に高校の数学の先生には強く憧れて、「よし、オレも数学者になって未解決問題を解明してやろう」という気になりましたね。あとは、女の子にモテたいという不純な動機も少々(笑)。
大学の数学科に進んだけど、やはり甘くなかった。「オマエは才能がないからやめろ」と言われたこともありましたが、あきらめませんでしたね。数学が好きで好きでしょうがなかったですし、成績が悪いことにも免疫ができてましたから。ところが、ずーっとやっていますと、たまに数学がわかることがあるんです。これは数学に限らず、どんな学問でも、スポーツでも、芸術にだって同じことが言えるのかもしれませんが、あきらめずに好きでずっと取り組んでいれば、ある時、パッとできるようになる段階があるのではないでしょうか。
――上智大学大学院の修士課程に進学された秋山先生が、当時、研究者の少なかったグラフ理論(現実世界のさまざまな要素を〝点〟に置き換え、その関係性を〝辺〟で結んで特徴を分析する手法)を専攻にしたのは、なぜですか?
グラフ理論は難しいから皆が手をつけなかったのではありません。まだマイナーな分野だったので、当時の日本で本格的に研究している学者が日本にいなかっただけです。だから私が第一人者です(笑)。1人で細々と取り組んでいたのですが、そのうち本格的にやって、良い結果を出したいと欲望が増大しました。そこで、グラフ理論の世界的な大家であるミシガン大学のフランク・ハラリー教授に「師事したい」と手紙を送ったら、半年後に「君の熱意を感じたから来なさい」と返事をもらえたんです。
喜んでミシガン大学に留学してみると、実際のハラリー先生が強烈な人でしたねえ。彼のモットーは「Another Day,Another Paper(1日1本の論文を書け)」。数学者の世界では、論文は1年に1本書けば、非常に活発なほうなんですけどね(笑)。過酷な環境でしたが、そこで芽が出なければ、もうすでに30歳ぐらいの私は数学者を廃業するしかありませんでした。ラストチャンスだと思ってトコトンやったのが功を奏したのでしょう。最初は、ハラリー先生と共著の論文が1本出せればいいな、ぐらいに思っていたのが、留学中に20数本も書くことができました。私の人生の中で、非常にプロダクティブ(生産的)な日々でしたね。
――あらためて、そこまで秋山先生を魅了した“数学の魅力”を教えてください。
「真実を探すこと」ですね。数学の“真実”は、100年1000年経っても真実であり続けます。紀元前に作られたピタゴラスの定理だって、歴史や風土、人の価値観や宗教観に拠らず、21世紀の現代でも“真実”でしょう。1度打ち立てられた真実は、宇宙が続く限り不変なのです。ただ、その“真実”は無色透明で抽象的、目には見えませんから、「役に立たない」、「要らない」という人がいるのも事実です。しかし、それは間違いです。数学の真実は、実際に世の中の日常生活や現代文明のほとんど全てのものに役立っているんです。
たとえば、クレジットカードや世界中の金融機関のシステムを支えている暗号の理論には、中学の数学で習う素因数分解の理論が応用されています。 MRI(核磁気共鳴画像法)も三角関数の応用だし、カーナビは図形の応用だし、傷ついたCDでも新品同様の音が出るのは代数学の応用なんですよ。天気予報が当たるようになったのも、ヒトゲノムの解析が進んだのも数学のおかげです。ですから私も、真実の美であり、皆さんが感動する定理を作ろうと思いましたね。1度でも自分の定理を作るとヤミツキですよ。それに、数学は紙と鉛筆があれば何にもいらない。タダでできますしね(笑)。
日常の“不思議”を敏感に察知すれば、発想力は鍛えられる
――昨今、”脳トレ”ブームをはじめとして、脳を鍛えることに関心がもたれていますが、秋山先生はどうお考えですか?
脳トレは楽しいし、大いに結構で、かくいう私も監修してますしね(笑)。(「秋山 仁 教授監修 全脳JINJIN」ニンテンドーDS=右写真)。ただ、知識も必要ですし、高尚な遊びと思ってやるには面白いと思いますが、発想が湧いてくる頭脳が作れるかというと、そうとは限りません。新しい物を作り出す創意工夫は、ちょっと違った脳の力を使うんです。
――では、発想力を鍛えるには、どうすればいいのですか?
日常生活の意識の持ち方を変えるだけで、鍛えられます。とにかく、日常生活の中で、あらゆることを当たり前に思わないことですね。多くのすごい発想は、なにもない日常の生活の中に埋まっています。
まず、今までひとつの見方だけだった物事を別の角度から見てみましょう。たとえば石鹸の泡は、どう見えますか?球体だと思ってる人が多い。でも、あれは“正十四面体”なんですよ。その視点から泡を考えると、新しい発想が出てくるはずです。
2つ目は、今までの常識をすべて否定してみること。これも発想力を強化するための手段です。「当たり前」を疑ってみる。車輪は円でないと車は走らないという常識がありますね。でも三角形や四角形の車輪でも走らせることができるかもしれない。実際に私は円以外で、車体を移動できる車輪を製作しています。
3つ目の意識の持ち方は、ものすごく欲張りであれ、ということ。「○○ができたらいい」と夢見てみる。このままで十分と思わず、「もっと○○があれば…」と欲するんです。ビジネスマンの方であれば、「もっとコストを下げたい」でもいいですよ。その気持ちが、欲望を実現するために「○○を作りたい」という願望に繋がる。これが世の中に全くなかったものを作り出す原動力になるんですね。不可能を可能に、「無」から「有」を作り出す能力が発想力ですから、そういう強い気持ちも大事なんです。
――日常生活の中では、なかなか気づきにくいことでもありますね。
だからこそ「不思議」を敏感に感知し、耳をそばだてる習慣をお勧めします。時には、机から離れて、自然に触れ、木や花、四季のうつろいの中に身を置いてみましょう。その中に真実が隠されていることも多いんです。自然の摂理には巧妙なアイデアが見え隠れしていますが、全てに理由があります。「なぜリンゴが木から上に上がらず、下に落ちるのだろう」と考えてニュートンは“万有引力の法則”を発見しました。お風呂に入って、なぜお湯が溢れるのかを疑問に思ったアルキメデスは“浮力の原理”に辿り着きました。自分が発見した不思議に対して、混沌した問題群から何が本質なのか、その糸をどこかで見つけ出す。これができれば、あとは謎が解け、真実に辿り着けるのではないでしょうか。
知識のダムより「ウィズダム」 ―発想の泉を掘り起こせ
――先生の講演のテーマである「君の頭に発想の泉を掘り起こせ」について、詳しく教えてください。
英国の詩人W・ブレイクが著した”地獄の格言”という詩集の中の一節に以下のものがあります。 “A cistern contains, a fountain overflows” これには「水槽は湛え、泉は湧き出す」という名訳がありますが、私は、こう解釈しています。子供の頭を水槽に見立てて、知識という水をパッパカ注入しても、時の経過とともにほとんど忘れてしまう。そんなつまらない知識を無理やり詰め込むよりも、子供たちの頭に発想が次々と湧き出すような泉を掘り起こすほうがずっと重要だと考えますね。
残念ながら、戦後60年間の日本の教育は、ずっと「水槽に注水方式」でした。たくさん教えて、問題を解かせ、暗記させて、問題の解法パターンや知識を多く知ってる人が優秀という教育システム。でも今の時代、百科事典のように知識を詰め込むことに何の意味がありますか? 漢字も年号も、全部インターネットでもケータイでもすぐに調べられます。そんな“頭の良さ”は、実社会に出て役に立ちません。たとえば、会社でいろいろとレポートをまとめても、斬新さがない、人と違わない、すごいと感じられない企画書を量産するだけです。
――確かに、試験のために覚えさせられた知識よりも、自分が興味を持って自主的に調べたことのほうが、頭の中に残っているものですよね。
コンコンと湧き出る泉は枯れません。ダム一杯の知識を持っている人よりも、小さな発想の泉を持ってる人のほうが素晴らしい。「knowledge(知識)のダム」より、「wisdom(知恵)」のほうがずっと上です。知恵は応用できて、汎用性がある。もちろん知識もあったほうがいいけど、それよりも多角的な視点や考え方をもって、本質を抽出し、失敗の原因をつまびらかにすることで、次善の策を講じることのほうが大切。そのためには、人が気づかない本物の不思議を知覚する能力が必要ですね。どうしてこうなるのか不思議だとか、これはどうしてだろうと気づく能力。歴史上、科学や技術を進歩させる原動力になったのは、問題を解く力より、発見する能力なんです。
たとえば、いま騒がれているテレビのデジタル放送とアナログ放送の違いを理路整然と説明できますか? わからなくても多くの人は「テレビなんだから映る」で済ませてしまう(笑)。不思議に鈍感になってしまい、それが当たり前になるんです。もし子供みたいに好奇心をもって万物を見られないと思っているなら、そんなことはないと私が断言します。挑戦をやめる人は進歩がありません。進歩が止まった人が老人です。詩人・サミュエル・ウルマンの詩に「青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ」という一節があります。夢を持って、希望を持って挑戦している間は人間はいつまでも若い。逆に、17歳でも“老人”はいるし、何歳になっても青春真っ只中の人はいますよ。私のようにね(笑)。
――最後になりますが、秋山先生が講演で伝えたいメッセージを聞かせてください。
私は、いつも人をビックリさせて、喜ばせたいと考えている人間です。だから、講演でも数学的真実に裏打ちされたパフォーマンスで“驚き”を体験してもらいます。たとえば、三角形や四角形の穴の空く回転ドリルで実演したり、参加していただいた方々と一緒に教具を使って作ったり、考えたりします。そして、新しい発想がどうしたら生まれてくるかをお話します。どんな職業の方にも共通して大切ですからね。発想の転換で不可能を可能にしたり、無から有を作り出す、なんてこともできるようになります。自分の発想力を鍛えれば、日常の生活の中でいろんな新しいことが発見できて、楽しいですよ。
―本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。
文:佐野裕 /写真:上原深音 (2008年8月27日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
秋山仁あきやまじん
理学博士
上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、日本医大助教授、東海大学教授、文部省教育課程審議会委員などを歴任。現在は、東京理科大学理数教育センター長、ヨーロッパ科学院会員、NHKテレビ・…
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