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増税は、経済を上向かせてから。当たり前のことが忘れられている。経済を上向かせないまま増税をしても、なんの意味もない。

岸博幸

岸博幸

慶應義塾大学大学院教授

2006年に経済産業省を退官。慶應義塾大学大学院で教鞭を執る一方、テレビ、新聞、雑誌など、多くのメディアでも活躍されている岸博幸さん。経済や政治について、わかりやすく、そして鋭い視点から語る岸さんは、今やすっかりお茶の間でもおなじみの顔の一人となっています。講演では、政治経済はもちろん、地域再生などもテーマに盛り込みながら、面白く誰でも理解できるような解説が好評です。

 岸さんは、一橋大学経済学部を卒業後、当時の通商産業省に入省されます。産業政策局、通商産業研究所等を経て、1990年にコロンビア大学ビジネススクールに留学。その後、機械情報産業局、通商政策局等を経て、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に出向し、ニューヨークにある国際機関で働くことになります。

その名前が知られるようになったきっかけは、2001年、第1次小泉純一郎内閣の経済財政担当大臣だった竹中平蔵氏の大臣補佐官となったことでした。民間から異例の入閣を果たした竹中平蔵慶應義塾大学教授とは、2000年のIT戦略本部で内閣官房IT担当室に出向した時代に知り合い、竹中平蔵氏から「小泉内閣での構造改革にも協力してほしい」という誘いを受けます。日本を良くしたいという一心で政府に飛び込んだ竹中氏の懐刀として、岸氏は竹中氏の活躍を支えました。

 経済産業省退官後は、江田憲司衆院議員や元財務官僚の高橋洋一氏らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」を設立。また、経済がピークを迎えた日本の武器として「ソフトパワー」を論じ、「クリエイティブ産業」が新たな成長産業、また地域の活性化の鍵を握っているとして独自の考えを提唱。関連した書籍の出版の他、音楽産業のエイベックスの顧問に就任するなど、この分野でも名前が知られる存在です。

日本は政策が間違っている。まずはデフレ脱却から

――日本経済、世界経済の景気動向について、どのような現状認識をお持ちですか?

みなさんもご想像されていると思いますが、経済の現状はよくないですね。ヨーロッパはユーロ危機に苦しみ、アメリカも財政赤字問題がささやかれており、雇用も拡大しません。また、中国もスローダウンしていて、日本は相変わらずデフレが続いています。世界全体として、よくない、と言わざるを得ないでしょう。しかも、ユーロ問題は解決までに数年はかかると言われていますから、状況は2012年も変わらないと思います。

  実は、日本だけは復興需要があるおかげで、2012年はある程度経済が上向く可能性があります。ただ、それも長続きはしないでしょう。そもそも日本は政策が間違っているんです。日本の経済問題は、日本固有の原因があります。その原因というのは、デフレが続いていることです。デフレが続くと、民間は消費や投資を増やしません。その結果、民間の需要が盛り上がらないんです。なぜなら、デフレのもとでは実質的に現金の価値が上がるため、現金を持っていた方がいいとなる。このデフレを15年も放置してきたのが日本。民間の需要が滞ってしまっては、経済が上向くはずがないんです。

――デフレから脱却するために、日本銀行や政府は行動を起こさないのでしょうか?

デフレ対策の処方箋は極めてシンプルで、もっと金融緩和すればいいんです。お金を市場に送り込み、インフレ傾向に持ち込む。ところが、日本銀行は金融緩和をしたくないんですね。金融緩和をすればデフレは解消されるのに、です。なぜなら、日本銀行は、金融緩和よりも自分の銀行のバランスシートの方が重要で、バランスシートを大きくしなくないから。さらにデフレから反転してインフレになったとき、コントロールする自信もないからです。

 一方で政府はというと、まずは増税したいんです。政府というより財務省が、といってもいいかもしれない。財務省は景気をよくしたいなんて思っていないんですよ。だから、なんら手を打たない。結果として、デフレは放置されたままになっています。政治家はなんとかしないと、と思っているでしょうが、政治としてどうしたいかを決めないわけですね。だから結局、財務省の考えで“増税が必要”だ、という流れになってしまっている。
 日本銀行に対しても、政治の側からプレッシャーをかけるべきなんです。そうするしか、もはや金融緩和には向かわない。ところが、未だにプレッシャーはかけられていない。政治家の中でも、特に若手はそういうことがわかっています。ところがわかっていても、最後は官僚の言いなりになってしまう。自分からやろうとはしないんですね。

――民主党は政治主導を目指したわけですが、うまくいっていないのでしょうか?

最初はやろうとしましたが、官僚とぶつかって、できないということがわかったんです。官僚なしには自分たちに政治はできないと。だから、官僚の言うことを聞くしかない、と。それで結局、官僚の言いなりになってしまっている。官僚にとっては、今は過去にないほどラクでしょうね。全て好き勝手にできるからです。実際、官僚がこれまでやろうとして、できなかったことが次々に表に出始めています。消費税増税しかり、社会保障費の引き上げしかり。これは、官僚がやりたかったことを政治家に言わせているんです。官僚は基本的に自分たちの権限や予算を増やしたいわけですね。だから、自分たちに都合のいいことをやるようになるわけです。

  ただ権限や予算を増やしたいのかといえば、そういうわけでもない。東日本大震災からの復興は象徴的だと思います。すべてが遅い。後手に回ってしまっている。復興の規模云々の前に、とにかく遅いわけです。背景には個別のいろいろな要因がありますが、官僚は結局、自分たちの権限や予算を増やせたとしても、実際手がかかる仕事はやりたがらないんです。
  一方で、そうやってサボっている官僚を政治の側が強制しようとしても、なかなかできない。結果として瓦礫の処理も進まず、補正予算は政治のガタガタもあって遅れてしまった。例えば、復興庁は法案通りになるかもしれませんが、もともとそういう組織はなかったし、官僚は作りたくなかった。そこで、できるだけ実質的な権限を持たせないようにするでしょう。
 こうした状況はすぐに変わることはないと思います。このままだとマズイわけですが、ここから脱却するためのトリガーがあるのかというと、ない。それがわかれば苦労しません。閉塞状況は今後も続くでしょうね。

国の危機を煽って、増税に仕向けようとしている

―――ユーロ問題で、借金の多い日本はギリシャのようになるのでは、という声もあります。

日本はギリシャのようにはなりません。置かれている状況が全然違うからです。ギリシャと日本を同一視することは間違っています。そもそもギリシャは経常収支が赤字で、対外純資産も赤字。一方、日本は経常収支も黒字で、対外純資産も黒字です。もっといえば、ギリシャはデフレではない。国の状況が全然違うんです。借金が多かったギリシャが経済破綻したからといって、日本も経済破綻する、というのは、そもそも議論としておかしい。
 たしかに日本は借金の額も大きいし、対GDP比でもかなりの比率になる。でも、借金の大きさが国のリスクに比例するわけではないんです。経常収支も対外純資産も無視した議論でしょう。赤字が大きいから国債が暴落する、というのも理屈にはなりません。もちろん、もしかすると将来的にはリスクが高まる可能性はありますが、少なくとも近い将来、ギリシャのようになることはありえないと思います。

――しかし、日本経済は危機的状況にある、とメッセージを発している人もいます。

iv54_02短期的な危機が起こることは極めて考えにくいのに、そういったことを言うのは、ただ単に危機を煽っているとしか思えないですね。なぜこのような意見が出てくるかというと、これもまた消費税増税をしたいからです。国が危ないから増税やむなし、と国民が考えるように仕向けている。もちろん財政問題は重要で、財政赤字への心配は当然すべきです。しかし、物事の順番が違っています。まずはデフレを解消しないといけない。デフレが解消しない中で増税しても、税収は増えないんです。それは、過去の経験からも明らかです。赤字を放置していい、などとは言いません。その前に、物事の順番が間違っているということを理解しないといけない。
  まず大事なのは、経済がちゃんと成長するようにすること。その上で最低限の増税をするべきです。それなのに今は増税を最優先でやろうとしている。これでは結果的に財政赤字の改善は進まないでしょう。ちゃんと成長率を高めた上で増税をしないと。そういう当たり前のことが忘れられている。

――2011年はTPP問題に揺れた一年でもありました。

TPPへの参加は当たり前のことです。アメリカの陰謀説を唱えている人もいますが、基本的に大きな間違いがあります。そもそも国と国との交渉においては、どこの国も自分の国の利益を第一優先に考えます。それは当たり前のことです。相手が自分の国のことしか考えていないから、という理由で反対するのは、そもそも交渉ごとにおいてありえないわけです。それはアメリカに限らず、すべての国においてそうです。
  そんなことよりも理解しておかなければいけないのは、日本はこれから人口が減少し、市場が縮小していく国だということです。そのような中で、アジアの市場を取り込みたいという観点からTPP参加について考えなければいけません。TPPに参加しなければ、日本はアジアの市場を取り込めず、人口が減り、市場が縮小する中、まわりの国々が自由化していくのをただ眺めているだけになってしまうでしょう。

 それともうひとつ、TPPに声高に反対しているのは、農協や医師会といった団体だということです。では、農業はTPPで自由化したら悪くなるのか。認識しておかないといけないのは、TPPで自由化になる以前の問題として、過去数十年、日本の農業はずっと悪くなり続けてきた、ということです。その原因は、農業政策の間違いでした。TPP云々に関係なく、農業を守るためには農業政策を変える必要があるんです。本来の原因を解決しようとせずに、TPP参加に反対というのはおかしい。
 医師会も同じで、国民皆保険が崩壊する、などという声を挙げていますが、基本的に崩壊しません。逆に今の医療制度のままでは、財政負担が増えるばかりです。改革しないといけないのに、それを先送りしたいだけ。医療制度もTPPに関係なく改革が必要なんです。本来は改革が必要な世界を変えたくないというだけで反対している。

――2012年はTPPの交渉が始まりますが、どんなところがポイントになりますか?

日本として戦略的にどうTPPを活用するのか、どこを取っていくのか、ということです。それは、外交として攻める部分がどこになるのか、というだけではありません。問題の多い農業や医療を、TPPをきっかけに改革しないといけない。そういう戦略性が必要です。これがまだまだ弱い。産業や関係者など、個別の話ばかりを見るのではなく、本当に日本の将来は大丈夫なのか、全体として日本の将来を戦略的に考えるところから始めるべきでしょう。
 多くの人が個別の話ばかり見てしまうのは、メディアにも問題があります。メディアはTPPをよくわかっていないまま報じていますし、そもそも報道のやり方そのものにも問題がある。背景には、政府の説明の悪さもあるでしょうね。
 TPPに関してはいろんな意見があっていいと思うんです。議論をすることは大事です。ただし、反対する意見に“未来の日本をどうするのか”という点において説得力がなければ、それは受け入れられないし、認められないでしょう。そもそも2011年の議論は、交渉に参加するかどうかでした。実際に参加するかどうかは、これからの話なわけです。内情もよくわからないのに反対をする。そのこと自体、考えて見れば異常なことだったのではないでしょうか。

復興需要による景気回復に、だまされてはいけない

――2012年の世界、日本のキーワードにはどんなものが挙げられますか?

iv54_03ひとつは、『ポピュリズム』でしょう。2012年は、アメリカの大統領選を筆頭に、世界的に重要な選挙がたくさんあります。選挙になれば、どの国の政治家も国民受けすることをやりたがります。ポピュリズムに偏るのか、こういう中でも正しい政策を貫けるのか。そこが問われる。間違ってバラマキ政策が行われたりすれば、後に問題を残すことになります。
 一方でもうひとつ気になっているキーワードが、『財政規律』です。ギリシャ問題以降、特にヨーロッパの国は財政規律ばかりが声高に語られている。しかし、財政規律だけが目立つ政策というのは、やっぱりおかしいわけです。緊縮政策ばかりやっていては、景気が悪くなるばかりです。間違った政策がいつまで続くのか、どこで方向転換するのか、気になるところです。日本も、すぐに議論が財政問題、消費税増税に進んで行くのは同じといえます。この緊縮財政というキーワードは、かなりやっかいだと感じています。

――一方、2012年に特に日本が注意しておかなければいけないのは、どんな点でしょうか?

復興需要で日本は少し景気が良くなります。しかし、それに騙されてはいけません。景気が良くなると、政府も企業も緩んでしまって、やるべき改革や対応をしないで、その後また悪くなる、ということを繰り返しています。おそらく復興需要による景気回復は一年ほどしか続かないでしょう。そこに依存したら、その後がきつくなります。
 そうした日本の先行きを見通しているのが、株価です。2011年、株価は極めて厳しい水準にありました。この10年で株価が上昇傾向にあったのは、小泉政権のときだけです。政府がまともな政策をやっていれば、株価はちゃんと上がる。逆に、間違った政策をやっていたら株価は上がらない。円高も株安も続いてしまうことになる。外国人投資家はしっかり見ています。政策がひどければ投資はしない。逆にいい政策になれば当然、買いに入ることになると思います。

――コンテンツ産業をはじめとした、クリエイティブ産業を応援しておられますね?

日本は、これまでに取り組みを進めてきた産業以外に、地方文化も含めていろいろないいものが眠っているんです。それは十分、産業化できるんですね。アニメや漫画もそうでしたが、それ以外にもいろいろなものがあります。それらをもっと活性化させていくべきだと思っているんです。
 とはいえ、これだけでは厳しい。医療も成長産業と言われていますが、これだけで1億2000万人の国民を養うことは不可能です。そういう目新しいものばかりでなく、多くの産業に目を向けないといけない。だからこそ、根本でやらないといけないことは、デフレを解消することなんです。デフレを解消すれば、いろんな産業にチャンスは山ほど出てくる。これをやらずに個別のことを語っても意味がない。いろんな産業が成長産業になっていかないといけないんです。
 そうした中で、コンテンツも含めたクリエイティブ産業を、もっともっと強くしていく必要があると考えています。多くの人の目もクリエイティブ産業に向き始めています。経済産業省がこれから出そうとしている成長戦略にも、クリエイティブ産業は入っているんです。

――官僚時代にエネルギー政策にも携わられていましたが、エネルギー問題に関しても、いろんな発言をしておられます。

原子力発電の割合を将来的に下げていき、電力産業は自由化し、改革していかないといけないでしょうね。監督官庁は電力業界と密接な関係がありますから、原子力を減らしたくないし、電力産業の側も今のままの独占体制でやっていきたいと考えている。だからこそ、問われるのが政府の姿勢です。ちゃんと変えようというシナリオを政治が書けるかどうか。
 2012年の春くらいに今度は債務超過に近い状態になり、東京電力の問題がもう一度再燃してくると思います。そこで、東京電力に対して政府がどんな対応を取れるか。これで今後、正しい方向にエネルギー政策が向かうかどうかが見えてくると思います。実のところ、潰してしまっても本当は困らないんですけどね。だからこそ、政府がどう対応するか、見物です。

――最後に、講演依頼.com・講師の心.comをご覧の方々にメッセージをお願いします。

テレビでは短い時間で意見を言わないといけませんから、十分なことが言えない。編集でカットされてしまう可能性もある。新聞や雑誌では、語れる量が少ない。講演には、ある程度時間があります。ですから、物事の全体を体系的に語ることができます。ここが講演が他のメディアと違うところです。全体をきちんと体系的に語れるので、講演は正しい意見を広める手段のひとつと考えています。
 とりわけ、政策というのは算数とは違って、解がひとつしかないわけではなく、複数の解があります。その中で、どれが正しいのかを選ぶのが政治の役割です。政策というのは複数ある。その中で正しいものの考えはこうだ、という思考のプロセスをぜひ体感していただきたいと思っています。正しいものごとというものをわかってほしいんです。
 その意味では、講演は大学の授業と同じです。みなさんのその場での反応を見ながら、いい講演を作り上げていきたいと考えています。

――本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。

取材・文:上阪徹 /写真・編集:丑久保美妃
(2011年12月 株式会社ペルソン 無断転載禁止)

岸博幸

岸博幸

岸博幸きしひろゆき

慶應義塾大学大学院教授

1962年9月1日生まれ。東京都出身。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。通産省在籍時にコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。資源エネルギー庁長官官房国際資源課等を経て、…

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