スポーツ界の管理職にあたる監督やリーダーには、 選手の強み弱みを把握して育てていく能力が求めらる―。
また、リーダーの指示に従いサポートしていく立場(選手たち) にも「フォロワーシップ」といったリーダーを支える能力が発揮されてこそ勝ち続ける強い組織が生まれる―。
実はこのような関係性がきちんと築かれ、それぞれの役割を発揮しているのがスポーツの世界。
今回は、技や個人の技術の高さではなく、「固い絆」や「チームワークの良さ」で注目されたサムライJAPAN、なでしこJAPANを題材に、組織のマネジメントについて元日本代表監督・山本氏、元なでしこJAPAN選手・東明氏にお話いただきました。
それぞれ監督と選手という立場から考える、組織運営・強い組織のつくり方とはなんなのでしょうか。
リーダーの役割は教えるのではなく、気づかせること
山本:
リーダーシップと一口に言っても、いろんな形がありますね。現在の風潮を見ていると『俺についてこい型』のリーダーよりも、調整型リーダーが求められているように思います。その意味では、サッカーの世界は昔から調整型リーダーの宝庫。しかも男子はワールドカップに5大会連続出場を決め、女子は2011年に優勝を果たすなど、結果も出しています。だから、その手法は企業でも役立つと思いますね。
とくに代表チームのマネジメントはわかりやすい。まず五輪やワールドカップのように大きな大会に合わせて目標を設定する。その目標から逆算して、どういう課題を乗り越える必要があるのかを選手やスタッフに提示する。試合ごとにプレーのクオリティを積み上げて、最後はチームの結束力を高めて目標をクリアする。サッカーの現場から発信するリーダーシップには説得力があるし、ビジネス界で活かせると感じています。
東明:
私もそう思います。
また、リーダーシップはもちろんですが、それについていくフォロワーの姿勢もチームのマネジメントには欠かせないと思います。実は私、日本代表で7年プレイした後に企業で5年ほど働いたのですが、「上司が私を活かしてくれない」とか、「いい仕事を与えられない」とか会社のせいばかりにしていて良い成果を残せませんでした。当時の私は自分の責任として考えられず環境のせいにしてたんですね。
でも、2011年になでしこジャパンが優勝した時に、日本チームがなぜ短期間で世界レベルになったのかを自分なりに考えたんです。そしてリーダーシップはもちろん、それに応えた選手達のフォロワーシップも同じく大きかったのではないかと考えました。メンバー各自が当事者の1人として自ら考え、行動する。目標の実現に向け、妥協せず、高いレベルで協働する。
その姿をみて、どうして社会人になった自分は同じことができなかったのだろう。選手の時と、企業人として働いていた時では、心の持ち方が違っていたのではないかと気がつきました。つまり、組織ではリーダーも大事だけど、それについていく部下達も自立していないと目標は達成できないと思ったんです。だから、企業にいた私がうまくいかなかったのも、結局は自分のせいだと反省しました。そこで、フォロワーシップの大切さを実感したんです。
山本:
気づきは大事ですよね。
例えば、ある目標達成に100の力が必要だとしたら、100の全部が他から与えられたものでは実現できません。他から言われて動く力は50だからです。だから、残りの50は自分の意志と努力でプラスしないと実現しないし、成長もできない。そのためには自分で気づくことが大事なんです。リーダーの役割は実は教えることではなくて、気づかせることなんです。
実際に僕はミスをした選手に対して、その場面の映像を見せて「自分の動きを見てどう思う?」と尋ねます。そうすると選手は「もっと早くマークに行くべきでした」と答える。そこでさらに「じゃあ、今後どうすればいい?」と尋ねて選手自身に対応策や練習方法を考えさせています。
こちらから「これは間違ったプレーだからやるな」と言っても、本人が納得してなければそのときだけ守るだけでレベルは上がっていきません。自分で考えさせ、気づかせ、納得させないと意味がないんです。
東明:
例えば、選手の中で同じ失敗をくり返す選手っているじゃないですか。私はそれでよく叱られてたんですが、そういう選手にも昌邦さんは直接指摘はしませんか。
山本:
「できないこと」と、「しないこと」は違うので、技術的にそのテクニックがない選手なら同じ失敗をしても、なぜできないんだと叱ったりしません。しかし、技術的にはできるのにしない選手には指導します。
ただそういう選手に対して「おまえのミスで失点して負けたんだ」とは言いません。メディアが散々書いてますからね。むしろ逆に「新聞見たけど、オレはそうは思ってないからな。別の理由があるかもしれないし、話を聞かせてくれ」と質問します。「僕のミスです」と潔い選手もいますし、言い訳をする選手もいます。どちらにせよ「じゃあ、次はそうならないようにどうする?」と対策も自分で考えさせますね。
東明:
私は皆の動きがよく見えるディフェンスだったので、試合中にかなり叱ってましたね。選手同士も事あるごとに「なんで厳しく行かないの」とか「もっと追っかけてほしい」とプレー毎に言い合う環境でした。
私のチームには日本代表に選ばれる選手や、世界ナンバーワンの中国代表の主将とかすごい選手もいたんですけど、さすがに彼女達に若い選手は言いづらいので、キャプテンである私が言っていました。プライドのある選手ですから言い方には気をつけて。あんまりガーガー言っても「あなたに言われなくても、私はできる」と反発されてしまいますからね。それでも、試合中にできることをやらないミスをしたら、容赦なく言っていました。
ただし、相手がムッとしたり、言い返してきたりしたら、試合後に個別に「さっきの言葉はこういう意図だった」とか「あなたがこうしてくれないと、自分の実力がたりないから守りきれない」とフォローしてました。全員が動いてチームを助けて欲しい、私自身もあなたを頼ってるんだと伝えれば、向こうもわかってくれるんですよね。
山本:
選手同士の摩擦や衝突は生じますよね。競い合いの世界ですから。僕は、個々人が持ってるエネルギーのぶつかり合いはあったほうがいいと思ってます。和気あいあいで仲良しだけど、試合はいつもボロ負けなんてプロとして意味がない。要はぶつかり合いをいい方向にもっていけばいいと思います。
東明:
そこは監督が織り込み済みですよね。あの選手とこの選手は仲がいいとか、喧嘩してるとか。人間関係を把握してました。
山本:
どうしても派閥が生まれるからね。
東明:
男子にも派閥ってあるんですか。女子の特性なのかと思ってました。
山本:
あるある(笑)。選手だけで20人以上いますからね。仲良しグループが出来るのは当たり前。でも、心の根っこに派閥意識があれば、本当に大事な場面でそれが出るんですよ。だから、あえてグループをかき混ぜる工夫が必要なんです。
例えば合宿時の食事の時間。7人がけの3つの円卓は合宿が長くなるほど、3つのグループによる座り方が固定されてくる。そこで、僕とコーチは選手が来る前にAグループのテーブルに座りました。そうすると、そのグループのメンバーの2~3人は定位置に座れないから、他のテーブルに行かざるを得ない。となると、今度はBグループのメンバーがテーブルからあぶれるので、Aグループに座っていたコーチが席を立って「ここ座れよ」と言う。これを何回かやることで、グループが自然にシャッフルされます。
東明:
監督は意識的にそういうことしますよね。ウチのチームでも監督がA選手と話している最中、急に「おい、Bちょっと来いよ」と呼ぶんです。その2人は派閥的には違うグループなんですね。わざと2人が話すきっかけを作って、いつのまにか監督は抜けている。
山本:
やっぱり合宿や遠征が長くなると、ストレスが溜まりますからね。それがちょっとしたきっかけで爆発しないように、小さな芽のうちに積んでいくことを心がけてましたね。
僕はホテルの一室をリラックスルームとして開放してました。飲み物やお菓子を用意して、試合のビデオを好きに見られるようにした部屋です。ただ僕自身がそこに行くと重苦しい空気になるので、コーチを行かせるようにしてましたね。
東明:
私達の場合は1ヶ月に1回“持ち寄りパーティ”をして選手間の交流を図ってました。選手が1人1品ずつ自分で作った料理を持ち寄るんです。料理が被らないように会話が生まれますし、共同で調理をしたりするのでコミュニケーションが生まれる。後輩が先輩に「こういう料理を作りたいのでレシピを教えてください」とか。私は一番料理ができなくて“白米担当”が多かったですけど(笑)。
代表の時は、サプライズ誕生会とかやってました。女の子はそういうのが好きですから。監督が「合宿で疲れてきたから仮装パーティをやろう」と企画したこともありますが、事あるごとに皆が集まる親睦会をやってましたね。また、そういう場ではみんなサッカーの話は全然しなかったのですが、むしろそれが良かったように思います。
山本:
昔は会社で慰安旅行とか歓送迎会とか多かったじゃないですか。そこで「あの部長は会社では怖いけど、こんな一面があるんだな」と親睦が深まったりね。僕も選手の家族を集めてパーティをやってましたよ。皆でバーベキューをしたり、ゲームをしたりする。リーダーには、どうやって皆をひとつにするかの企画立案力も必要ですよね。
控え選手の気持ちを高めることが一体感を生む
山本:
組織の中にはそれぞれ役割がありますよね。東明さんはキャプテンをやっていたから、自分のプレーだけじゃなくて、チームもまとめなきゃいけない。
実際キャプテンの一言と、監督やコーチが言う一言は意味合いが違います。我々が「ここが足りないからもっと練習しろ」と言うと、選手に“やらされてる感”が出ますが、同じチームの中で頑張ってるキャプテンが同じことを言うとチームメイトは「もっと頑張ろう」と思える。だから、監督やコーチは問題ある選手に直接言うよりも、キャプテンに「皆とこういう話をしてくれ」と通す方が、一体感を作れるんです。
東明:
私は監督からキャプテンに指名されました。チームの中では若いほうで、先輩方が在籍していたんですけどね。昌邦さんのお話を聞いて、そういうふうに使われてたんだなって分かりました(笑)。監督目線で考えたことはありませんからね。
山本:
キャプテンという立場は視野も広がるし、自覚も出てくるのでその人自身を育てます。また、サッカーの技術や体力があるだけでは勤まらないのもキャプテンです。社会的なコミュニケーション能力を持っていて、皆に影響力のある言葉が使えないとダメです。会社だって、立派な資格を持ってる社員がリーダーになれば必ずうまくいくわけではないでしょう。
僕は日本代表の監督を務めたとき、A選手をキャプテンにしたいと思ってました。監督の僕が指名すれば簡単に決まるけれど、そのやり方だと全体の3割ぐらいは「なんでアイツがキャプテンなんだ」と感じるかもしれない。そこで皆に選んでもらうほうが価値があると考えちょっと工夫をしました。ミーティングの前に「相手チームの分析をしてこい」とAにだけ言っておくんです。
するとミーティング中に僕が質問した時、彼だけが準備してるから答えられます。そのうえで、皆に「キャプテンを決めたいけど、誰がいいと思う?」と尋ねると、彼の名前が一番多く上がるので「じゃあ、Aでいいよな」と決めてしまう。さらに自分達で選んだキャプテンだから、サポートするのは当たり前だぞとも言えます。
東明:
でも、キャプテンって損な役割だと思ったこともありますよ。私なんか見せしめでかなり厳しく叱られて、当時は苦しみました。「なんで私ばっかり叱られるんだろう。他にも同じミスをしてる選手がいるのに」とすごく嫌な思いをしてたんです。
今となっては、私を怒ることで、皆にメッセージを発したとわかりますけどね。確かに私が叱られると、皆しっかりやるんです。監督はチームをピリッと引き締める効果を狙ってたんですね。
山本:
一番できる選手だから叱るんですよ。他の皆が「えっ、東明さんがあれだけのプレーしてるのに怒られるなら、もっとやらなきゃダメね」となるじゃないですか。もちろん、その後で東明さんにはフォローしてたでしょう。監督が直接言わなくても、コーチなりが「監督が叱ってるのは一番信頼してるから…」とかね。
東明:
ハイ。周りの仲間から「あれは監督の期待の裏返しだよ」と言われて助けられていました。ところで、女子は同じポジションの選手が監督と話してると「何を話してるんだろ」ってすっごい気になるんですけど…。
山本:
男子だって似たような感情はあるんじゃないかな。とくに日本代表に来る選手は、所属チームではつねにレギュラーが当たり前。でも、代表戦ではずっとベンチに座ってる選手も出てくる。相当なストレスになるようです。実際、コーチに「俺はもう耐えられない。試合に出られないなら明日帰りたい」と直訴する選手もいました。
東明:
私も経験しました。チームの中では中心選手だからスタメンを外れることはないんです。ところが、代表では使われるか使われないかわからない。ずっとベンチに座ってなきゃいけない。最初はすごい屈辱です。その気持ちの切り替えってすごく難しいんですよ。
山本:
崩れ落ちる人もいるよね。
東明:
我慢できなくなるんです。プライドが高くて自信がある選手ばかりですからね。代表に選ばれたにも関わらず、試合に出場する技量がないと判断されている。誰にこの感情をぶつけたらいいかわからない。最初に代表に呼ばれた時の私がそうでした。すごく試合に出たいのに使ってもらえない。
その時、同部屋の年上の先輩が、「出られなくてつらいよね。でも、これを越えられないと次は代表に選ばれないよ。とにかく試合に出るチャンスが来た時のために、コンディションだけは作っておこう」と毎日のように言ってくれたんです。
彼女も試合には出ていませんでしたが、経験が長い彼女が言ってくれたからこそ心に響きました。
おかげで私も、「落ち込んでいても意味がない。今学べることを学んで、できることをやろう」と少しずつ変わりました。
山本:
きっと監督が、そうアドバイスできる選手を同じ部屋につけたんだね。日本代表クラスで言えば、22番目23番目の選手は、サッカーのプレーのパフォーマンスで選ばれるのではありません。チームがひとつになるための小さな歯車、あるいは凝固剤の役割を期待されてるんです。
前回大会では最後に川口能活が入ってるし、2002年では候補からも外れていた秋田豊や中山雅史が入った。当時30代半ばでしたけどね。彼らのようにずっと苦しい物を背負ってきた選手から「この練習試合が大事だぞ」と言われたら、若い選手はハイと聞くしかない。彼らの言葉により若手の意識が変わるんです。そうやって人を育てない限り、絶対に勝利はないんです。
代表に選ばれることで劇的に伸びる選手がいます。それはクラブチームでは味わえない経験をして、自分に何が足りないかに気づいて、さらに努力するようになるからです。そういう刺激を公平な競争の中で与えるんですね。
東明:
なでしこJAPANでもそうですよね。2011年のワールドカップで第3ゴールキーパーとして山郷のぞみ選手が入りました。でも彼女は最年長だし、試合に出ることはない。だけど皆が「彼女がいなければ優勝できなかった」と言うぐらいチームに貢献したそうです。
山郷選手は、控えの選手に「控えであろうと代表の一員である意味」を教え、決勝進出にはしゃぐ若手に「決勝に出ただけで浮かれてたら負けるよ」とミーティングで発言したんだそうです。
山本:
レギュラー選手のやる気だけが上がっても良いチームにはなりませんからね。控え選手の気持ちが高まることが、一体感を生むためには大事なことです。
だから、僕がミーティングで名前を出すのは、控えの選手が多いですね。とくに試合前は「今日は残りの5分でこういう場面になるかもしれない。そのときに○○の力が必要になる。あと△△、おまえが気持ちよく送り出してくれるから、皆がいいプレーできる。今日も頼むぞ」とサブの選手を挙げますね。
東明:
そんな風に言ってもらえたら嬉しいですね。控えの選手はささいなことで心が折れやすいので、監督から見られてる、気にかけられてるというのは嬉しいです。まだ私にチャンスあるかもとか、チームの為に頑張ろうというモチベーションを上げるきっかけになります。
山本:
あとは、組織の中で与えられたチャンスにはチャレンジして欲しいですね。目標って会社の方針とか、上から決められることも多いですが、リーダーから示された課題に対して、フォロワーは不本意であっても「できない」ではなくて、まずやってみてほしいです。当然できないこともあるだろうけど、やってみて自分が思ってもみない能力が伸びることもあるかもしれないですから。
サッカーだって違うポジションにチャレンジしてすごい選手になる可能性はあるんです。名ボランチの遠藤保仁は最初はウイングでプレイしてたのに段々ポジションが下がって、今はすごいボランチになった。そういう選手は一杯います。自分のやりたいイメージがあったとしても、チームの為に彼らもそこを乗り越えてきたんです。
声のかけ方ひとつでチームの雰囲気はまったく変わる
東明:
冒頭で昌邦さんがおっしゃったように、サッカーは世界大会という目に見える目標を決めやすいし、そこに至るまでの限られた時間も明確。私達選手の立場からすると、立てた目標に対して日々どれだけ意識出来るかが重要でした。
実際に、自分たちより弱いチームと試合をする際は「よりパスの精度を上げることを意識する」とか、「ミスを限りなくゼロにする」など自分の課題を持ってプレーしてました。普通にプレーしても勝てるからと、結果だけにこだわる試合は時間を有意義に使ってないと思います。
当時、監督から負けた試合について時々、反省文を書くように言われてました。でも、勝った試合でも反省文を求められたことがあって、何人もの選手が「いい勝ち方をして勝たなきゃいけない。プロセスに問題があった」と書いてました。勝ったことを喜ぶだけではチーム力は上がらないんだと私も書きましたが、自分が目標に対してどんな位置にいるのかをたえず自問自答しながら上がっていける選手がいいフォロワーだと思います。
山本:
大きな試合の前にはストレスやプレッシャーから、いかにプレイヤーを助けるかもリーダーの大事な仕事です。試合中の声掛けがとても重要な役割を果たします。
僕は状況は説明しますけど、基本的に結果のことは言いません。この試合に負けたら予選突破が云々とかね。そんなことより各自のストロングな部分を強調して自信を持たせることが大事です。
例えば、ワールドカップカメルーン戦の前の長友佑都に「サイドのエトーを押さえたらおまえはヒーローだ。おまえのほうが強い。エトーが苦しくなっても、おまえは集中力もスタミナも切れない男だ。期待してるぞ」と言えば、ガツガツやるでしょう。実際、彼は見事にエトーを完封しました。
選手のプレッシャーをラクにしようと「引き分けでいいよ」なんて言ってるようじゃチームは勝てません。また1-0でリードしていても苦しい状況になった時に「辛抱だぞ、耐えろよ」なんて言ってたら、89分に点を入れられます。我慢しろと言われても選手は我慢できないからです。なので僕は「ここから楽しもうぜ。ここから俺達の底力見せるぞ」と言います。声のかけ方ひとつでチームの雰囲気はまったく変わるからです。
東明:
確かに90分の試合の中で、80分過ぎからは本当にしんどいんです。リードしていてもツラい。だから私は80分を過ぎたら、「ここからだよ。ここから行かなきゃダメ」と叫んでました。そうしないと皆がヘタッてしまいます。
山本:
僕は、最後の5分まで力を抜かず、全力でプレーする選手を見極めるために、日本食が食べられない、ホテルのシャワーは水しか出ない、グラウンドはデコボコといった環境での海外試合を組んだこともあります。そして選手の対処法を見る。会社も同じだと思うんです。困難な状況、苦しい場面をどう乗り越えるのかを見ないと、その人の本当の実力はわかりませんよ。
東明:
私は苦しい時に頑張れる性格だったかなあ。絶対に逃げないだけの精神力はなかったかもしれないけど、監督に呼ばれて「おまえは乗り越えられる選手だ」とか「苦しい時のリーダーシップに期待してるぞ」と言われると、その一言で自信をもって頑張れていたと思います。
また、新人選手が緊張していたら、「サッカーは11人でやるもの。皆でサポートしあうから大丈夫。あなたはこんな良いプレーが出来るのだからそれを出して」と声をかけてました。ベテランになっても、大きな試合の前に緊張するのは同じです。ネガティブな考えは、実現しちゃうので私はよくそうやって仲間達に声を掛けていたし、自身も自分が活躍してる場面をイメージしてました。プレッシャーに負ける選手って、プレッシャーを感じる自分のことを「ダメな選手」とか「弱い人間」だとか全否定するので立ち上がれなくなるんですよね。だけど代表に残っていく選手は、自分の弱さを、自分の一部としてときちんと認めることができます。また、そういうことができる選手は伸びますね。
山本:
プロとして苦しいのを乗り越えるのは当たり前ですよね。楽しく仕事をしたいなんてとんでもない。
先日ヤクルトの宮本選手が引退しましたけど「楽しかったことは一度もありません。でも、満足感、やりがい、達成感はつねにあります」と答えてました。WBCで世界一になってやり遂げた達成感はあっても、楽しかったなんて言葉にはできない。
サッカーだって、死ぬほど走らされて、また次の日も走るぞ、の世界ですよ。もしかしたら東明さんよりも上手いという選手は一杯いたかもしれない。でも、彼女達は少し苦しくなったらあきらめていたんでしょう。残りの5分になったら走らなかったのかもしれない。でもそれでは代表になれないんだよね。先日の試合でも中村俊輔が前半45分に直接FKを決めて1-0で勝った。そこで決めるかって場面で決めてくれる。だから、彼は一流プレイヤーなんです。プロは努力するのは当たり前の世界で、残り時間が少なかろうが結果を出せなければ一流ではありません。
東明:
状況が変われば、誰でもフォロワーになる瞬間があると思うんです。いいフォロワーは自分で自分の問題に気づける人なんだと思います。
一般企業に勤める方で、「スポーツは別世界だから学ぶべきものはない」と固定観念を持つ人がいますが、もったいないです。今では多くの一般企業が取り入れてる個人の弱み強みの分析が、現場レベルでまで浸透しているのがスポーツ界だからです。
また、日本の教育はひとつの正解を求める問題ばかり出されますが、サッカーではその場その場で瞬間的に自分の答えを求められる。しかも昨日の正解が、今日の正解とは限らないんです。だから、つねに最善の方法を見つけていく。自分で気づき、解決して成長していく。そんなフォロワーシップの考え方や意識の持ち方はビジネスにも役立つと思います。
山本:
僕にはなでしこジャパンのチームでビックリしたシーンがあったんです。2011年ワールドカップのPKの前に円陣を組んだ時、佐々木監督が大笑いしてたんですよ。なぜかと尋ねたら「こんなに頑張ってくれて、自分達の力以上のことをやってくれて、これ以上頑張れなんて言えない。だからPKはオマケだ。楽しめと言ったら入っちゃったんです」と言ってました。
あそこで「ここで集中しろよ」なんて言わない。大事だなんてことは選手はわかってますからね。これが引き出すってことですよね。澤選手がキッカーをイヤです、と言えば「得点したからいいよ」と許すわけです。
東明:
あの場面で澤選手が「蹴りたくない」と皆の前で言えるだけの雰囲気を作ったのが佐々木監督のすごいところですね。
山本:
本当にそう思います。
そしてなでしこJAPANが優勝できたのは、アメリカのマネも、ヨーロッパのマネもしなかったからです。レアルがいい、マンUがいいなんて言ってるうちは二番手以下ですからね。女子の世界でもドイツやアメリカは体のサイズがデカいから、遠くへボールを蹴れるんです。でも、細かなステップは出来ない。そこでなでしこは細かくパスをつないで、相手の逆を動いて、体格的なハンディが関係ない戦法を選んだ。敏捷性、ワンタッチの上手さ、チームワーク、これらの要素を突き詰めたことがチャンピオンになった要因だと思いますね。
世界一強いチームの分析は必要ですけど、尊重しすぎないほうがいいと思います。だって、世界のチームは日本の団結力とか、隙のなさなどを怖がってますよ。そこを活かせばいいんです。
東明:
そうですよね。ポジティブに自分の可能性を引き出していくことって本当に大事ですよね。私自身、サッカー選手の時はそうやって伸びていきました。
また会社員時代は会社や自分以外のせいにしてうまくいかなかったですが、今ではフォロワーシップの自覚をもってうまく対処できると思います。
現実的に、女性は身の回りに同性の成功例が少ないから、自分の可能性を感じにくいかもしれません。企業のリーダーは多くが男性で女性役員や管理職はまだ少ないですから。でもだからこそ、目標に対する自分の位置と役割を日々確認し、自分でアクションを起こしていくフォロワーシップを発揮してほしいですし、リーダーも女性が置かれている状況を理解して、サポートして欲しいと思います。
山本:
リーダーシップで言えば、新しい道を示すガイドでなければいけないと思います。周囲の人達を奮起させて、よし行こうと、それぞれの強みを輝かすことが仕事。確かに世間は厳しい状況だとしても、困難な時こそ、社員に力をつけさせるチャンスじゃないですか。人間は言い方一つで変わるんです。
任せた仕事が目標値には届かなかった部下がいたら、「確かに目標達成は出来なかったけど、正直ここまでやれるとは思わなかった。よく苦しい局面を乗り越えたな。俺の合格点は越えてるよ」と言ってあげる。
僕も選手に「俺が思ってたよりはるかにいいプレーしたよ」って褒めてました。これからは教えるよりも、良い質問をして本人に自分の成長のポイントに気づかせてやることが、求められるリーダーシップだと思いますね。
東明:
今日はありがとうございました。私自身もいろいろ勉強になりました。
山本:
こちらこそ、ありがとうございました。
取材・文:佐野裕 /写真:三宅詩朗 /編集:梅津千晶
(2013年11月 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
山本昌邦()
1995年のワールドユース日本代表コーチ就任以降10数年に渡って、日本代表の各世代の監督およびコーチを歴任し、名実ともに日本のサッカー界を牽引してきた山本氏。山本氏の指導のもと、成長をとげた選手達は軒…
東明有美()
今日まで女子サッカーを支えてきた第一人者。日本女子代表としてアトランタ五輪、ワールドカップなど国際大会に多数出場。所属先プリマハムFCくノー(現・伊賀FC)ではサッカーのうまさに加え、マネジメント力を…