海外で活躍する日本人達の世界で行動を起すメンタリティーとはどのようなものなのか?
広岡さんはアメリカ、佐伯さんはスペイン、野球とサッカー種目は違えど、日本ではなく、本場でのキャリアに挑戦したという、そのマインドと思考に迫りました。
日本人としての【個性】を活かす
■日本と違う国 全ては縁から始まった
広岡:
私と松井がアメリカに渡ったときは、本当に未知の分野でした。ヤンキースは封建的だとか、敷居が高い、日本人に冷たいと、さんざん聞かされていましたから。以前に、伊良部(伊良部秀輝)君の失敗のこともありましたし、果たしてうまくいくのだろうか、とね。松井に誘われ、二人三脚でやっていこうと決めてから、松井は野球を、僕は彼が野球をやりやすい環境を作るという役割でアメリカに渡りました。そして、来年でヤンキース入団5年目になります。
佐伯:
私の場合、子供の頃から父親の転勤でいろいろな所を転々とすることが多かったのですが、スペインも、ちょうど私が高校を卒業するタイミングで行くことになりました。よく、帰国子女の説明会などで言われることですが、言葉に慣れるためには団体スポーツのチームに入るのが一番良いということで、サッカー大国スペインでサッカーをすることになったんです。本当、縁ですよね。その時はまだJリーグもなかった時代。高校まではゴルフをしていましたが、鳥肌がたつほど好きか?と言われれば、そうではなかった。でもサッカーを始めて、どんどん好きになって、これで食べていきたい、と思うようになりました。じゃあ、そのためには何をしたら良いのか?指導者か審判かという選択肢の中で、私は指導者を選んだというわけです。
広岡:
好きな仕事につくことはなかなか難しいことだと思いますが、それを願い、実現したというのは本当素晴らしい事ですね。自分の夢に向かっての道筋を、論理的に捉える目も素晴らしい。
実は僕も佐伯さんが仰ったことに同感なのですが、縁ってあると思うんですよ。佐伯さんはお父様の転勤でスペインに行きましたが、これがもしポルトガルだったらまた違いますよね。それが台湾だって違うと思うし。
僕がもともと報知新聞社に入社したのも本当、縁です。ハワイの大学で学んでいたとき、たまたまそこで出会った報知新聞社の人に「面接を受けてみないか?」と誘われて。実は僕、巨人が大嫌いで、「新聞記者には興味があるけど、巨人ファンでないんです。やっていけますか?」と面接で質問したんです。そうしたら、「うちはジャーナリズムを追求しているので関係ないですよ」と言われて。
でも入ってみたら、みんな巨人ファンなんですよ。そして、何故か、ずっと巨人担当をさせられてね。ずっと巨人担当ですよ。最後長嶋監督番まで。それで、松井とも出会って…。今ヤンキースに一緒に行っているわけですから、本当縁としか思えない。子供の頃になりたかった職業は刑事ですし、縁でここまで来たわけです(笑)。
佐伯:
本当、その通りですよね。私はそんな信心深いわけではありませんが、自分が特に困っている時や、サッカーをやりたい、指導者になりたいと強く思っている時は、必ずそれを後押しする人が出現するんですよ。不思議と。そういう強い気持ちって何かを呼ぶんだと思うんですよね。また、そうやって優しく手助けをしてくれる人がいたら、それを見逃さないでしっかりと有難く思いながら、活かしていくこと。そうすれば、自分の夢に近づいていけるような気がします。
広岡:
見逃さないことですよね。それは大切ですね。
■郷に入りては郷にしたがう だけではいけない
広岡:
実際アメリカに渡ってみると、やはり日本との違いを感じざるを得ないような状況はたくさんありました。アメリカの方は特に合理的なものの考え方をするし、yes か noか二者択一の判断だったり、すごく打算的な部分もある。松坂君(松坂大輔)の報道を見ても分かると思いますが、お金がいくら上がるか、上がらないかとか、やはり日本とは違う部分がありますよね。
アメリカに行く以上はそれを全て把握しながらも、全て飲み込まれてしまってはだめなんです。だから、中に入りながらも、日本人ですから、個性を出すにはどうしたら良いのかを考えましたね。立場的には球団の広報ですから、松井の面では特に気を遣いました。
佐伯:
確かに現地に行ったら、そこでの常識に合わせなければならない部分もありますが、だからといって、全て合わせるだけでは上手く行きませんよね。
広岡:
今年松井が怪我をして、手術後にコメントを出す時、「チームに迷惑をかけて申し訳ない」という内容を、僕も普通に訳して、広報部長に見せにいったんですよ。そしたら、「本当にヒデキがそんなことを言ったのか?」とびっくりされたんですね。普通の感覚ですよね、日本人からしたら。そしてその後、そのコメントを公表した直後、今度はラジオや新聞などのアメリカのメディアが「ヒデキは凄い」と賞賛の嵐なんですよ。スペインもそうかと思いますが、アメリカは食うか、食われるかのサバイバル合戦の世界ですからね。人に迷惑をかけたとか、人への思いやりの余裕などない状況の中で、自分が怪我をするということは、誰かにポジションを取られるということですから。
佐伯:
そうですね。「しめた」と思っている人がいても、「大丈夫か?早く復帰しろよ。」と思ってくれるチームメイトは多分いないですね。例えばスペインでも、自分をPRする時に、自分の良いところをたくさんPRするのではなくて、比較対象となる人を落として落として自分が上がることを考えるんですよ。
これはサッカー選手に限らず、スペインでは普通の感覚であり、勿論文化の差でもあります。私が正しいということが正しくないという文化の差。ただ、私が監督しているチームで選手達がポジション争いをしている場合、「あの子はこの間の試合ダメだったのに何で私を使わないの?」という発想ではなくて、あなたはじゃあ違う何ができるの?という発想でピッチの上で表現して欲しい、と指導上、伝えています。
そういったメンタル部分では、日本人として教育を受けてきて本当に良かったと思うんですよ。その素晴らしい部分をスペインの選手達にも上手に伝えていきたい、というのは思いますね。
広岡:
それは日本人だから、というだけでなく、佐伯さんが本来持っている素晴らしい人間的な発想があるようにも思えますね。でも確かに、先ほどの松井のコメントもそうですが、「自分だけでなく、人に対しても配慮する」という思考は日本人のとても素晴らしい部分ですよね。
1年目のキャンプ初日のことですが、有名な選手もいて気後れする中、全く右も左も分からないので、初日だから挨拶をするのが普通だよな、とロッカーの隅で松井と話したんですね。それでミーティングが始まる前に片っ端から「日本から来た、イサオとヒデキです。よろしく」と回っていたんですよ。そんなことをしたのは、恐らく僕達がはじめてだったんでしょうね。日本人は律儀なやつだ、とそれが逆に評判になりました。
そういえば、もう一つ感じたことがあります。ヤンキースという地球上で一番野球が強いと言われている組織は、全てにおいてハイレベルの考え方をしている認識があったのですが、道具をあまり大切にしないんですよ。バットとかボールとかを平気で飛ばしますし。メジャーのトップレベルで。
日本では道具や物を大切にしなさい、と小学校の頃から学校でも叩きこまれるじゃないですか。でも、特にスペインやラテン系の選手、ベネズエラやドミニカ…とうちにもいろんな国出身の選手はいますが、彼らはハングリー精神で素晴らしいけれども、そういう教育は受けていないんですよ。それも文化の違いで、事の良し悪しは特に言及しませんが、それを受け入れながらも我を出していくことが大切なんだと思うし、それはどの分野でも共通して言えることですよね。
佐伯:
仰る通りですね。実は私の父も野球一筋で来た人ですから、「道具を大事に出来ない者は一流選手にはなれない」とずっと言われてきたんです。だから、初めサッカーボールを買ってもらった時は、一緒にお風呂に入って、シャンプーできちんと洗って、自分より先にバスタオルで拭いて。本当はいけないんですよね、皮だし(笑)。子供なりに大事にするという意味が違いながら、大切に一緒に寝ていたりしたわけですよ。だから、選手が特に足で物を扱うことが多いのは気になったりします。後は、物を平気で投げたり。 でも私の当然と選手達の当然は違うから、なかなか難しい。
勿論、私は19歳の時に監督を志し、指導歴だけで見れば14年。この14年の間に成長してきたし、育ててもらったのはスペインのサッカー界のみで、日本のサッカーの指導方法とは違うかもしれまんせん。だから、スペインサッカーが良しとするサッカーを良しとしてきましたし、それこそ、イタリアのサッカーがアンチだったり。
ただ、指導者としてやっていくには、得た情報やテキスト、ゲーム経験だけではなく、私が持っているものが基本となって吸収し、初めて伝えるものなのだと思うんですね。 だから、日本人として教育されてきたマインド、メンタルの部分を伝えていくことは一つ、心に持っていますし、例えそれを意識していない時でも、私が日本人である以上、自然と出てきてしまう部分ではないか、とも思っています。
海外でリーダーに立つ
■決断力と人心掌握術
佐伯:
私が監督に就任した経緯は、もともとヘッドコーチとして、ベテランの監督にチームに入れてもらったので、入りは柔らかかったです。コーチとして信頼関係を作っている中、その監督が成績不振になり、解任後の就任でした。そういう意味では信頼関係が出来ている上での就任で、非常にやり易かったですね。
しかし、実はあと何日試合があって、ここで勝たないと8連敗なんだ、とか…。要は、小さな船に乗って25人が、私が舵取りをする時に沈没しかけているわけです。このままいったら全員沈没、というところを、どうやって水を抜いて浮上させるか、と必死でした。だから、自分が史上初の女性監督だとか、外国人でどうとかということを考える余裕がなかったのが実際でしたね。勿論、監督になった時にメディアの方がたくさん来て、全部しっかりと答えておくべきだと思って、全て受けていましたが、何しろ内心は沈みかけた船のことでいっぱいでしたから、自分のことを周りがどのように見ているか、という自覚が出たのは、本当数ヶ月経った後です。
ただ、これだ、と思うものに、19歳の時に初めて出会って、好奇心が自分を突き動かし、理屈ではない、判断や決断力があったから、ここまで来られたのかもしれませんね。
広岡:
決断力、必要な部分ですね。それと、人心掌握も大切な要素の一つですよね。
ヤンキースのトーリ監督もまた、監督としてはトップクラスの監督なんですが、実はこの間、ニューズウィークでのアンケートで中間管理職になってもらいたい人NO,1に選ばれたんですよ。
要は、その置かれている立場が、スタインブレナーというオーナーと、年俸30億円なんていう選手達をマネージメントしなければならない、ちょうど中間管理職と同じ立場なんですね。その立場で、世界1を5回、6回と連続で成し遂げているような監督なんです。
しかし実際接してみて気づいたのですが、監督は普通の当たり前のものを大事にされているに過ぎないんです。日本人が抱くステレオタイプなアメリカ人ではなく、日本的な考え方をしますね。
例えば具体的にいうと、人を怒る時。おそらく佐伯さんも選手を怒ると思うのですが、ヤンキースの場合、松井よりすごい年俸の選手がごろごろいるわけですよ。みんなそれぞれ俺が一番だって思っている選手ばかりです。だからやはり、自尊心を傷つけないように、指導をしなければいけないですよね。 さすがだなぁと思うことは、ミーティングでは一応怒りますが、ほとんど名指しはしませんね。名指しで、選手を怒らない。明らかに誰が見てもお前が悪いという部分も。ただ、終わってから二人だけで話していたり、人に見えないところでマンツーマンの対話をしていますね。
僕はもともと記者でしたから、なんでこういう考え方をするんだろうと思って、取材してみたんです。そうしたら、自分が子どもの時に人前で怒られるのが屈辱だったからだそうなんですね。ましてはプライドがとても高い野球選手。当たり前のことですよね。それを実践しているにすぎないんですけれども。あとは野球もオーソドックスだし、見ていてバントだなぁと思うとバントだし、プレイ的にはそうですね。ただ、人心掌握術とか、一つのパートを動かすとか、個を組織にするとか、そういうものにかけては、すごいと思います。
佐伯:
私なんかはまだまだですが、全体ミーティング時、もしマイナスの話をする時は、トーリ監督のように、名指しをしないように気を遣いますね。何かを言わなきゃいけない時は、他の人達のいないところで言います。又、逆に良いプレーの時は名指しで誉める。誉めるときはわざと周りに人がいるところで。それはきちんとしないと、むやみやたらに誉めたり、叱るだけじゃ、指導者としての質も問われますよね。選手を叱るというより、私はただ修正をするつもりだったとしても、聞いている側からしたら、怒られた、否定されたととることがあったり…。特にスペインの人たちは自尊心も強いので、人をどれだけ大事に扱えるかというのは大切なことですね。
■関係づくりと環境づくり
佐伯:
サッカーの場合は限られた中、テクニカルゾーンと言われるところだけで、監督は動けるんです。そこから、サイドの選手まで本当に聞こえるか聞こえないかというところまで指導をしなければなりません。そのテクニカルゾーンの中から、ポンッといった一言や単語だけが、彼ら彼女らに届くかどうか、というのはなかなか難しいわけです。
だから試合中に何が言えたとか、どういう修正ができたか、ということは、実はそんなに大事ではなくて、その言葉やメッセージが選手達に届く環境づくりと関係作りを日々の練習の中で懸命にしていくことの方が実は指導者として求められている仕事なんじゃないかなって思うんですよね。特に試合中に言える言葉などは限られてきますから。
後は、選手は皆自分が得意とするものを持っているので、その部分をとにかく、目一杯ほめてやること。それが、選手にとって一番のビタミン剤だと思います。モチベーションアップに繋がるわけです。些細なところでも、良いプレイしたらそれを出し惜しみすることなく、いっぱい誉めてやりたいな、と自分も思います。誉められて、嬉しくない人間なんていないし、叱られて悔しくない人間なんていない。そういう自然に人間に沸いてくる感情をそのまま素直に私も活用するというか、応用し、選手が今のプレイをやればいいんだ、誉められるんだ、というフィードバックを瞬時にやっていけるようにすると、いいですね。良いところは見逃しやすいのですが、逆に気づいてあげて、それをフィードバックしていくことで、選手をひきつける。イコール、選手の能力の成長を手伝ってあげることができると思います。
広岡:
実体験だと言葉に重みがありますね。それに愛が感じられますね。
実はトーリ監督も環境づくりという部分では、チームの空気を和らげてやりやすいようにするテクニックが抜群にあるんですよ。このゲームは絶対負けてはダメだとか、ここで絶対点を入れなければいけないとか、ゲーム上ではありますよね。そこで監督がじたばたしたり、萎縮したらダメなんですよ。選手は緊張しているわけですし。
あんまりミーティングの内容をばらすと怒られてしまうのですが、1年目のワールドシリーズのミーティングで、松井を指名して、「相撲のしこでも踏むか?」とかそんなレベルの話が始まったわけですよ。これからワールドシリーズで戦わなければならないのに、これでいいのかな、と僕は思ったんですが、これでチームがどーっと沸くんですよ。笑いが取れるんですよね。で、ポンっと「じゃあ、行けー」て行くわけですよ。上手いですよ。
基本的に、楽天的な部分が多く、選手に安心感を与えるんですよね。いつも冗談ばかり言っているし、試合中ですら携帯用ゲームをやっているような人ですから(笑)。
常に限られた時間しかない、楽しみながら行こうぜ、と。
■プロとして
広岡:
プロですから、負けたらだめですよ。でも負け方によります。 トーリ監督は結果が全てではなく、その過程も大事にする監督です。
だから、試合に勝っても突然ミーティングを開いて怒る時があるんですよ。「今日の試合は、今まで見た中でも最悪の試合だ。何十年も監督をしているが、ベスト10に入るくらいの、ファンに申し訳ない試合だった」とか。「打ってから、一塁までの全力疾走が出来ていない」とかね。そうかと思えば、勝利が確実になった後など、もうユニフォームを脱ぎかけていたり…。つまり、押さえるところは押さえて反省を始めるわけです。
選手からすると、「あぁ試合に負けた、今日はミーティングが長いな」というのが普通だと思うんですが、そういう緊張感はないんです。
大敗した時に明日練習しないから早く帰れ、と終えたり。その辺のところがうまいですね。
やはりアマチュアではなくプロだから、プロである以上はお客さんがお金を払って見に来るわけですよ。ということは、勝ち負けも大事ですが、プロとしてこう見せなければいけないという部分があると思うんですよね。プロとしての価値観、基準。それを下回った時は怒りますね。お金を払って見に来ているお客さんに対して申し訳ないと。
佐伯:
さっきからトーリ監督のお話を伺っていると、まさに私が目指している指導者像、そのままですね。競技を超えて思います。それはなぜかというと、私もシーズン中、負ける試合が多くても、勝ちさえすればいいというわけではない事を選手達には伝えていきたいと思っていました。
そして、「手を抜くことは許さない」ということ。
それはできるのにやらない、ということですよね。それだけは絶対に私は許さない、と選手達にも示してきたし、私はそんなに怒る方ではないけれども、そういうシーンだけは容赦なく叱るんですね。だから、ユリコが怒る時はどういう時だっていうのはすごく明確に、選手に伝わっています。相手の選手だって同じようにスポーツ選手なわけで、最低限のリスペクトを持って戦うべきだし、やっぱり正面向いて戦うべきですよね。例えば5点取って勝ったとしても、5点取ったらいいのかと言ったら絶対にそうじゃない。勝ち方や心の持ち方、心のあり方のほうが、実はすごく大事だって言うのは、選手達に常に伝えていることです。
広岡:
佐伯さんが仰ったように大事な部分は「ユリコはこれをやったら怒るな。明日ミーティングだな」という部分ですよね。つまり佐伯イズムがチームに浸透している証拠ですから、それを口で言って分からせるのではなくて、空気で分からせる。大事なんですよね。それができている時はチームにカラーができている時ですし、それをうまく作れることがリーダーとして、大事な要素ですね。
■人間としての器、人望
佐伯:
以前自分のチームが悔しいプレイをして負けたとき、ミーティングを始める前に「昨日の試合、まず自分の采配が間違っていたのかもしれない。それが敗戦の一つの要因になることは間違いない」と一度謝ったことがあるんですね。スペインなんて絶対に自分の非を認めませんから、それが指導者であれ選手であれ、最初にごめんなさいを言った人が負けの国です。最初は、何が起こっているの?と選手達は驚いていましたが、その後、距離が縮まっていくのを感じました。私はそれを当然だと思うからやるのですが、この人は自分が間違ったら認める、というのが選手達に伝わるだけでも、関係性は変わってくるんですよね。
そして、もう一つ、これは私の今後の監督人生の課題でもあるのですが、サッカーのノウハウや知識、情報、戦術や技術の知識量ではなくて、人としての器を身につけていかなければならないですよね。何万という監督の中で差がついている部分は、その人そのものだと思うんですよ。だから14年指導してきて、次の指導教本を探している反面、実は映画を見たり、本を読んだり、全く違う分野の方の講演会を聴きに行ったり、違う方のドキュメンタリーを見たり、そういうことで感じながら得ていく、人間性みたいなものが、必要なんじゃないかと考えているんですよ。
広岡:
そうですね。人としての器、あと人望ですよね。でもこれは学校で学ぶものでもなければ、テキストがあるわけでもない。やはり人を見て学ぶものだと思います。リーダーとしての前に、人間として認められるか認められないかは大きな要素ですよね。
佐伯:
大事な事は、選手に好かれようとしないことではないでしょうか。サッカーの場合どんなに少なくても選手は20人から25人いて、その選手20人全員に自分を好いてもらおうと努力するのはものすごく無駄なこと。そうではなく、発想は自分がされて嬉しいこと、言われて嬉しいことを、してあげようと思うことですよね。例えば、部下に好かれようとする上司なんてたくさんいると思うんですよ。でもそうではなくて、自分だったらこうしてもらえたほうが嬉しいのではないかというところをよく考えて行動する。そのことのほうが、よっぽど大切だと思いますね。
広岡:
人間としての器、人望、これですね。
チャレンジするということ
■壁にぶつかった時に助けてくれたもの
佐伯:
やはり、何かに挑戦するということは、すごくパワーのいることですし、悩んだり挫折しそうになることは誰にでもあると思います。確かに私は気が強く、うわべでは生意気なこともたくさん言っていますが、人間ですから悩むこともあるのが普通ですし、それはそれで受け入れます。でも受け入れて「認める」ということが意外に難しい。私に良くしてくれる方が、「心の強さは気の強さと違うんだよ。」ということを教えてくれたことがあるんです。それがとても自分には響いて、一時的な強さではなく、しっかりと自分が自分らしく揺ぎない心でいられるような強さを持ちたいな、と思えるようになりました。
広岡:
そうですね。どのような状況になっても、自分が自分らしくいられる揺ぎない心を作ることは、僕にとっても理想ですね。とはいえ、それは容易に出来ることではないですし、時間も経験もかかること。ただ、哲学的な思考と勇気、智恵、バランス感覚をもてた時は、いかなる悩みを抱えても対応できると思うんですよね。身近なことであれば、たくさんあるんじゃないかな?
僕の場合は四つ。まずは大好きな音楽を聴くこと。十八番はチャイコフスキーの交響曲第5番とブラームスの交響曲第1番。この2曲を聴くと、間違いなくモチベーションがあがります。二つ目は大好きな映画を観ること。「ライフ・イズ・ビューティフル」「素晴らしき哉、人生!」「男はつらいよシリーズ」は名作ですよね。自分で自分の大切な映画を見つけることは大事なことだと思います。三つ目は大好きな書物を読むこと。元気な本は地球上のそこらじゅうにあるけれど、とにかく自分で見つけること。最近は特に詩が好きですね。今年、亡くなってしまわれたけれど、茨木のり子さんは好きですね。四つ目は大好きな人に逢って元気をもらうこと。ただこの場合の大好きの意味は、人によっても違うと思います。恋愛相手の人もいれば、先輩、親友、恩師、親かもしれない。心の美しい人からもらえる勇気は何ものにも変えられないのではないか、と思いますね。
■自分を元気にしてくれる言葉
佐伯:
自分なりに、自分を元気にしてくれるものを持つことは大切ですよね。私は広岡さんが仰った4つ目の人から元気をもらうことが、人生を振り返ってみると大きいように思います。
スペインで素晴らしい地位にある、日本のサッカー関係者にお会いすることがありまして、その時に言われた良い言葉があります。「生意気だって今はそれでいいんじゃない?年を取ったら、どんなに尖っていても丸くなる。でも最初から丸かったら、その丸は小さくなるだけ。でも尖っていても大きい四角だったら、角が取れるだけで小さくならないでしょ。」って。
この言葉を聞いた時、今の自分でいいんだって思いました。何か新しい事にチャレンジしたりすると、日本のマスコミ以上に海外では叩かれます。それでもこれでいいんだ。今の私のままで頑張ればいいんだ。そう思える後押しになってくれる言葉に出会えたことは大きかったですね。
広岡:
言葉といえば、ニューヨーク出身のロック歌手、ビリー・ジョエルの歌”My life”にこんな詞があります。”I don’t care what you say anymore, this is my life.”僕流に訳せば、「周囲が何を言おうが、俺は気にしちゃいないぜ。だって、これが俺の人生なんだから」。いい言葉ですよね。可能性はだれもが持てる特権だと思います。こんな気持ちで向かって行けたら、と思いますね。
佐伯:
可能性は、本当、誰でも持っている特権、仰る通りですね。もし、これから挑戦していこうという人がいたら、それを伝えたいですね。そして、「自分の可能性に限界を作っているのは自分自身」ということとか。 自分がもうだめだ、不可能だってラインを引いたと時がその人の可能性の限界ですよね。だから実は自分で限界のラインを引いているんですよ。たとえ人に「あなたには出来ない」と言われることがあっても、その人に自分の人生の責任まで持ってもらえないですし、その人が可能性を決められる程の力があるわけでもないんですよ。 何かにチャレンジするということは、誰かが良いというものでなくても良いわけですし、例えば今の仕事の中だって、自分が良いと思うのであればそれでいい。「自分が良い」と思うものをちゃんと自分に聞いて、自分のためにやってもいいんじゃない?そんなことを伝えたいですね。
最近、仕事を一緒にしている26歳ぐらいの若い子に「前を向くって怖くないですか?」と聞かれたんです。確かに中途半端に見ると、怖いんですよ。でもね、しっかり見据えて見つめれば怖くないんです。犬なんかもそうでしょ?ぱっと見ると怖いけど、ちゃんと目をみれば怖くない。だからしっかりと前を向いて、チャレンジする心を持って欲しい、本当そう思いますね。
■今後挑戦していきたいこと
佐伯:
指導者として、キャリアアップすることを今まではひたすら考えてきて、ビッククラブの監督や女子、男子、そして三部リーグと経験を積んできましたが、今まで優先順位として後回しにしてきた家族、親の事も考えなければならない年ですからね。自分の人生の優先順位の範囲を自分の指導者としてのキャリア外にも少しずつ広げ、自分をごまかさずに生きていきたいですね。
そういう意味では、少しずつ視野を広げていけるよう、今はいろんな分野でチャレンジしていきたいですね。指導者として幾つかの違うチームを経験したからこそ、見えてきたものもありますし、未来はまだ何が起こるか分かりませんから。
広岡:
確かに挑戦してみて、また違うものが見えてくるということはありますよね。
僕もヤンキースというビッグチームで今勉強させてもらいながら、良い部分も勿論悪い部分も様々見えてきました。今後何をしていきたいか、という部分では、挑戦したいことはたくさんありすぎて喋りきれないのですが、日本球界の再建にはとても関心があります。今は日本球界を外から見て、勉強させてもらっている感じかもしれません。
どちらにせよ、自分の人生、自分が納得するように生きていけたら、それが一番。
だから、挑戦する心だけは持ち続けていたいと思っています。
<了>
お二人とも、貴重なお時間の中、どうもありがとうございました。
文:鈴木ちづる / 写真:上原深音 (2007年1月5日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
広岡勲()
海を渡った「ゴジラ」こと松井秀喜選手を入団以来、陰で支え続けたのが広岡勲氏。松井選手に請われて、スポーツ紙記者から大リーグの球団広報へ転身。渡米当時から、ひたすらそばで松井選手を見守ってきた。常に叱咤…
佐伯夕利子()
2003年の秋、スペイン国内最高の指導者資格「ナショナルライセンス」を取得。 父親の仕事の関係でイランのテヘランで生まれ、海外を転々としながらもサッカーをプレーし続け、92年にはスペイン女子リーグで…