ご相談

講演依頼.com 新聞

コラム 政治・経済

2010年12月10日

中小企業の生き残り戦略~鯖江の眼鏡業界の挑戦~

低価格の中国製品、消費低迷、円高で苦境に
 先日、福井県の眼鏡業界を取材する機会があった。同業界は福井県鯖江市、福井市を中心に約700社の眼鏡フレーム製造と関連部品メーカーが立地し、日本を代表する地場産業だが、多くの中小企業と同様に国内市場の需要低迷と中国の追い上げで厳しい経営環境に直面している。だがその中にあっても生き残りをかけた新しい挑戦が始まっており、そこには日本の中小企業が生き残っていくヒントがあった。
 鯖江の眼鏡業界は105年の歴史を持ち、日本国内の眼鏡フレーム生産の95%以上のシェアを誇る。今では主流となったチタンフレームを開発して普及させるなど、その高い技術力と品質には定評があり、世界中の有名ブランドに眼鏡フレームを供給している。世界でもイタリアと並ぶ有力産地だ。
 しかし2000年ごろから、中国製フレームを使用し低価格を売り物にした眼鏡小売りチェーンが急増したため、国内市場のシェアを奪われてしまった。さらに2008年のリーマン・ショックで個人消費が低迷、輸出も円高で打撃を受けている。このため鯖江の眼鏡業界の生産額はピークだった2000年より4割ほど落ち込んでおり、「メーカー数もピーク時には1000社以上あったが、今では700社程度に減っている」(福井県眼鏡協会)という。
 こうした苦境を象徴する出来事が起きた。ちょうど筆者が鯖江に入った前日、
創業93年という老舗の眼鏡フレームメーカーが事実上破産したのだ。このメーカーはチタンフレームを日本で始めて開発した会社で、業界を代表する企業の一つだったが、中国製フレームの追い上げで業績が悪化し、2007年に民事再生法の適用を申請し再建に取り組んでいた。しかしその後のリーマン・ショックの影響で再建の見込みが立たなくなったため、民事再建手続きの廃止を申請したのだった。このニュースは鯖江の業界に大きなショックを広げた。取材で会った誰もが「あそこが破産するとは……。それほど我々は苦しい状況なんです」と異口同音に語っていた。

高い技術力で「ポスト・チタン」の新素材を開発
 だがその一方で、こうした苦境を乗り越えようと新しい挑戦が始まっている。
低価格の中国製品に負けないため、独自の技術をもとに高付加価値・高品質の製品を作ることが中心テーマで、多くの企業がチタンの次を担う新素材の眼鏡フレームの開発に取り組んでいる。
 業界最大手のシャルマンは、東北大学などと共同で8年間かけてチタン合金の新素材「エクセレンスチタン」を開発し商品化した。従来のチタン合金より弾性があり、かけ心地が大変良くフィット感が高いという。また形状記憶性も持たせており、顔の形状を記憶させて、かけ心地をさらに良くしている。通常の形状記憶合金にはニッケルが含まれており金属アレルギーを起こす可能性があるが、この新合金はニッケルを含まないので、健康面の問題も解決したという。
 製造面でも新技術を開発した。フレーム部品を接合するのに、通常使われているろう材ではなく、レーザー溶接を導入することによって細かい部品でも接合が可能となり、弾性を維持できるようになった。同社はこのエクセレンスチタンとレーザー接合を融合させた商品を昨年から発売したところ、好調な売れ行きで、「今後の成長の柱に育てたい」と意気込んでいる。
 業界大手の福井めがね工業はチタンフレームと並んで18金フレームが主力商品。18金フレームは最近、中国の富裕層などを中心に需要が伸びており、今後も成長が期待できるという。特に18金フレームは高い品質と製造技術が要求されると同時に、大量の金を扱うことからセキュリティ管理も重要。このため同社は部品加工から完成品までを鯖江市内5カ所ですべて生産する「純国産フレームの一貫製造システム」を導入し、商品も製造工程も「日本ならでは」にこだわっている。このほか、チタンの3分の1の軽さというマグネシウム合金のフレームの開発にも取り組んでいる。
 また眼鏡フレームの企画・販売会社のボストンクラブは、炭素繊維やバイオマスプラスチックなど全く新しい素材を使った眼鏡フレームの開発と商品化を進めている。このうちバイオマスプラスチックは、とうもろこしなど100%植物由来の高機能プラスチックで、耐熱性や抗菌性、成型加工性などに優れている。
帝人などが開発し、自動車用シートなど各種樹脂や繊維などに使われ始めている素材だ。同社は帝人の協力を得て、まず眼鏡フレームの鼻パッドに導入、今後はフレーム全体に広げる考えだ。同社の小松原社長は「炭素繊維もバイオマスプラスチックも繊維技術だが、福井県は繊維産業の蓄積がある。福井で歴史的に培われてきた繊維と眼鏡の技術の融合をめざす」と意欲を語る。

販路開拓とブランド強化にも取り組む
 こうした商品開発・技術開発と並行して業界が取り組んでいるのが、ブランド戦略と販路拡大だ。鯖江の眼鏡業界は、これまでは有力ブランドや大手小売店などにフレームを供給するOEM生産(相手先ブランドによる生産)が中心だったため、「鯖江」というブランドが表に出る機会が少なく、自力での販売力も弱かった。こうした弱点を克服するため、眼鏡協会が「THE291」(ザ・フクイ)という統一ブランドを作り、東京都内にアンテナショップを開店した。
メディアなどを通じてPRしてブランドの認知度向上を図ると同時に、消費者のニーズをつかみ、それをまた商品開発に生かしていくことがねらいだ。業界ぐるみでの取り組みとともに、各社もそれぞれ東京などの大消費地に直営店を開設するなど、販路拡大に取り組んでいる。いわば下請け的な立場、受け身的な生産から脱却して、積極的に消費者に近づき、消費者のニーズに合った商品開発や技術開発で、販売力も強化しようという戦略だ。
 これらは大変困難な道だ。しかし思えば鯖江には、長年の歴史の中で培った技術力がある。実は眼鏡フレームの生産は、きわめて高い技術に支えられている。眼鏡フレームは数多くの部品から成っており、製造には約200もの工程があるが、いずれも精密な加工が必要。特にチタンはもともと加工が難しい金属で、その生産加工を確立した鯖江の技術水準は日本の製造業全体を見渡しても相当高いレベルにある。最近はそのチタン加工技術に着目して、精密機械や医療用機器などの分野に応用する動きも出ている。これだけの技術力を武器に、きっとこの厳しい時代を生き抜いていくことを期待したい。

岡田晃

岡田晃

岡田晃おかだあきら

大阪経済大学特別招聘教授

1947年、大阪市生まれ。1971年に慶應義塾大学を卒業後、日本経済新聞社へ入社。記者、編集委員を経て、テレビ東京へ異動し、「ワールドビジネスサテライト」のマーケットキャスター、同プロデューサー、テレ…

  • facebook

講演・セミナーの
ご相談は無料です。

業界21年、実績3万件の中で蓄積してきた
講演会のノウハウを丁寧にご案内いたします。
趣旨・目的、聴講対象者、希望講師や
講師のイメージなど、
お決まりの範囲で構いませんので、
お気軽にご連絡ください。