新しいヒット商品を作りたいと思ったら、まず、目の前にある自社のヒット商品を「否定する」ことです。否定からスタートすることで自分の逃げ場をなくし、追い込むことができます。人は追い込まれると集中します。日本には昔から「火事場の馬鹿力」という言葉がありますね。心理学の言葉でいえば、「ゾーンに入る」ともいいます。
ゾーンとは、すごく集中したり、没頭したりする状態のこと。待ったなしの、逃げ場のない状態になると、ゾーンに入って、普段想像できないような力を発揮するのです。
私のように「否定する」ことで、逃げ場をなくす以外にも、「夢中になれるようなゴールを設定する」「瞑想する」ということでもゾーンに入るといわれています。
みなさん、見たことがあるかどうかわかりませんが、私の好きな絵画で東山魁夷の『道』という作品があります。ずっと、向こうのほうまで道だけが続いている、そんな絵です。ゾーンに入ると、まさに周りがあまり見えなくなって、道だけが見えて、勝手に導いてくれるような感じです。
『ガリガリ君』の開発を手掛けていた時は、まさにゾーンに入っている感じでした。
既述したように、『ガリガリ君』の開発当時、赤城乳業には、前会長が命がけで作ったかき氷のアイス『赤城しぐれ』がありました。フレーバー(=味)としては、白、いちご、練乳あずきがあり、これが当時の赤城乳業を支える、大ヒット商品でした。
私に課せられた使命は、『赤城しぐれ』に匹敵するようなヒット商品を、ワンハンドのかき氷のアイスで作ることでした。この時、いちごや練乳あずきのフレーバーを使えば、比較的すぐに新商品ができたかもしれません。
ですが、私は、絶対に使わないと宣言しました。それは、『赤城しぐれ』を否定するような行為でした。もし、使ってしまうと、「なんだ、カップの『赤城しぐれ』をバーにしただけじゃないか。カップがなくなって、バーになったのだから、安くしろ」と言われるに違いありませんでした。そんな状況は避けたかったですし、むしろ、新たな価値を提案して、お客様に喜んでもらえる商品を開発したいと思ったのです。
どんなフレーバーにするか考えた時、ひらめいたのは、歴史を紐解くこと。歴史を見ていくと、過去の成功例、失敗例がよくわかります。企画や人生に悩んだら、歴史に聞いてみる。そこでヒントが見つかることは少なくありません。
私は、日本の飲料の歴史について書かれた本を読みあさり、いちばん長く愛されているのは何か、調べてみたのです。答えは「ラムネ」でした。幕末にアメリカのマシュー・ペリー提督率いる黒船が来航した時に、艦に積まれていたのが「炭酸レモネード」。
レモネードがなまって「ラムネ」という呼び名になったと伝えられています。私自身は、もっと昔から日本の各地で、似たものが飲まれていたのではないかと考えていますが、いずれにしても、日本に昔からあって、ずっと飲まれてきたことは事実です。「これだ!」とピンときました。
当時も、ラムネやサイダーは子どもたちに人気でした。夏、駄菓子屋に行くと、子どもたちはおいしそうにラムネを飲んでいました。しかも、日本でずっと愛されているロングセラーの味。アイスにしたらきっと売れるに違いない、と確信しました。
『ガリガリ君』のソーダ味はこうして生まれました。
早速、ラムネを買ってきて「モールド」というアイスを作る枠に流し込んで、冷やし固めてみました。解決しなければならない難点が2つほどありました。
ひとつは、舌触りです。炭酸が入っていると固まってもザラザラになってしまい、おいしいものができませんでした。試行錯誤の末、ようやくいい舌触りのものができました。
もうひとつは、色。炭酸を固めるとただの白になってしまい、おいしそうには見えなかったのです。そこで、色をつけることにしました。
子どもたちには外で食べてもらいたいと思いましたので、「空」や「海」をイメージし、その共通の色、「水色」に決めました。〝ガリガリブルー〞の誕生です。
今でこそ、ソーダといえば、ブルーの色をイメージするのが一般的になっていますが、ソーダに「水色」を付けたのは、『ガリガリ君』が初めてといわれています。
いちばん最初の『ガリガリ君』は、ソーダ味のほかに、コーラ味とグレープフルーツ味も作りました。コーラも当時飲み物として人気がありましたし、果物のグレープフルーツが、1970年代から輸入の自由化が始まり、日本でちょっとしたブームになっていました。流行もあって、初期の『ガリガリ君』のフレーバーでいちばん売れたのは、グレープフルーツ味でした。
ただ、長く人気があって、今でもダントツで売れ続けているのは、ラムネにヒントを得たソーダ味です。
自分を追い込み、ゾーンに入ることで、『ガリガリ君』のスタンダード、ソーダ味を開発することができたと思っています。
また、商品開発の初期に、飲料の歴史に当たったことも幸いしました。
スタンダードになるような商品を作りたいと思った時は、江戸時代や明治時代などの歴史に当たり、どんな定番商品があるか調べてみるのもいいでしょう。大きなヒントを得られやすいと思います。
それから、当時は、ドイツの人智学の権威ルドルフ・シュタイナーの「12感覚論」についての本をよく読んでいました。後述しますが、人間には5感以外にも感覚があるという理論で、私は「12感覚」に触れるような商品を作ろうと考えていました。技術論以外の、さまざまな本を読むことで商品開発のインスピレーションは湧いてくるのです。
鈴木政次すずきまさつぐ
“ガリガリ君”の開発者そして育ての親
1946年 茨城県出身。1970年 東京農業大学農学部農芸化学科 卒業後、赤城乳業株式会社に入社。1年目から商品開発部に配属される。愛すべき失敗作を生み出しながらも、「ガリガリ君」、「ガツンとみかん」…
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