人材育成に当たって、組織として目標を掲げて(階層別・職種別に必要なスキルや人材像を定めて)、研修やマネジメントを行うのは大切なことです。思いつきで研修を実施してみたり、育成を現場の上司の考えややり方に、任せきりにしてしまったりするよりは、戦略的な人材育成であると言えます。ただし、そのように一見すれば戦略的な人材育成への取り組みが、組織の強化につながっているのかどうか、事業環境や顧客・市場の要請などにマッチしているのかどうか、については冷静に考える必要があります。
人材育成も教育研修も、その言葉には「未熟な人を引き上げる」「分っていない人、出来ない人に施す、授ける」といったニュアンスがあり、組織としては、内部的な弱い部分に焦点を当てた施策として位置づけられていることが多いものです。だから、何年目でこのようなことを学び、昇進・昇格時には、その階層に相応しいスキルや視点を獲得するように促し、職種によって一律のスキルや知識の習得を義務付ける、といったことをパッケージにしたような研修体系、底上げ型の仕組みを作りがちになるわけですが、それが本当に効果的かどうか、組織のパフォーマンスを高めていっているのかどうかという問題です。
ドラッカーは、「自らの強みに集中せよ」と言っています。その意味の一つは、「組織のメンバーが似たような強みを持っているのは、外から見れば弱みがある状態」であり、「各々が異なる強みを持っているのが、外から見れば弱みがない状態である」ということ。もう一つは、個人も組織も、苦手や弱みを普通レベルや得意となるまで引き上げていくことはとても難しいのだから、強みを更に伸ばすほうが効果的である、ということです。言い換えれば、外から見て強い組織には多様性がある(各々が異なる強みを持っている)、また、弱みを克服させるより、各々の強みを伸ばすほうが(同質性を追求するより、多様性を実現するほうが)容易である、ということです。
このドラッカーの指摘とは関係なく、現在の組織・人事における重要なテーマの一つとして、「多様性」を挙げることができます。顧客の要望や組織に向けられる視点が多様化しているのだから、人材も多様化する必要があるのではないか。あるいは、社会・顧客に適合するためには変革や創造が重要で、それには多様な視点と能力を交わらせ、組み合わせることが必要ではないのか、といったテーマです。もちろん、ここには色々な議論・主張があるわけですが、もしこれからの組織に「多様性」が求められるのだとすれば、人材育成もそのような発想に転換せねばなりません。最大公約数的なスキルを定めて、その習得を必須とするような育成方針、あるべき人材像を掲げて、全員にそのようになることを求めるマネジメントで良いのか。ひょっとすると、人材や能力を画一的・同質的にしてしまっており、社会・顧客の要望との乖離を生むことになっていないかと考えてみるべきだろうと思います。
かと言って、弱み(無理解や未熟さ)に焦点を当てて、底上げ的な育成を行うことの必要性が低下している訳ではありません。ビジネスに必要な心構えやスキル、社会が求めている基本的な振る舞いや姿勢、組織を円滑に運営するための原則の理解や役割行動といったものは、必須のこととして全員に要望すべき内容でしょう。しかし、それで多様化する社会的要請に応じられるか、あるいは競争力の観点から十分なのかどうか。恐らくは、それぞれの強い部分、良い所を自覚させ、学びや鍛錬の機会を用意し、その自主的で積極的な利用を徹底して支援する、そして各々が独自の強み・得意を持てるようにするといったスタイルにシフトしていかざるを得ないのでしょう。この二つのバランスをどうとるか、強み伸長の仕組みをどのように作るか、これが人材育成における今日的なテーマと言えます。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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