国際競争力、という言葉を聞いたことがある方は多いでしょう。概念としては経済学や経営管理などにあたると思いますが、スポーツの世界においても必要不可欠です。
6月19日と23日に、ロンドンオリンピックのアジア予選が開幕します。
オリンピックのサッカーには年齢制限があり、本大会では23歳以下の選手でチームを編成しなければなりません。オーバーエイジのルールもありますが、大会1年前の現時点はU-22(22歳以下)のチームで戦います。シード国の日本は2次予選からの登場で、19日にホームで、23日にアウェイでクウェートと対戦します。
組み合わせを見た瞬間、私は思わず声をあげてしまいました。
「えっ、日本のホームは第1戦なのか?」
2試合合計の得点で争われるホーム&アウェイでは、第1戦は前半、第2戦は後半と考えるのが一般的です。勝負が本当に動き出すのは後半、つまり第2戦になります。
監督や選手の心理を推し量れば、第1戦をホームで迎えたチームは、何としてもアドバンテージを握らなければいけないと考える。
一方、第1戦をアウェイで戦うチームは、ここで負けてもまだ挽回するチャンスはあると思う。ホームで勝てばいいのだ、と思うことができる。私もコーチや監督としてオリンピック予選を戦ってきましたが、第2戦をホームで戦うほうが精神的に有利だと思います。
どちらの国で第1戦を行うのかについて、明確な規定はありません。規定があったとしても、当該国同士が同意すれば変更は可能です。
私が監督として戦ったアテネオリンピックのアジア2次予選も、当初の取り決めではホーム&アウェイとなっていました。しかし、対戦相手のミャンマーと協議をして、2試合とも東京(ホーム)で開催しました。
4か国による総当たりリーグ戦で争われた最終予選も、同様にホーム&アウェイで行なわれることになっていました。我々以外のグループは、あらかじめ決められていたスケジュールに基づいて、ホーム&アウェイでゲームを消化しました。
組み合わせが違っていれば、私もホーム&アウェイを受け入れたかもしれません。ところが、我々の対戦相手はUAE、バーレーン、レバノンと、すべて中東勢だったのです。しかも試合は3月3日から5月12日にかけて行なわれることになっており、Jリーグと重なってしまいます。
中東でのアウェイゲームには、10時間以上の移動を必要とします。リーグ戦開催中なので、準備の時間も十分に取れない。過密日程を強いられる選手が、ケガをしてしまう恐れもある。ホーム&アウェイに決められているからといって、何もせずに受け入れることはできません。最終予選の日程が決まると、すぐに対戦国へ問いかけました。
「セントラル方式でやらないか?」
1カ国による集中開催を提案し、開催国にも立候補しました。日本に有利な条件ですから、対戦国側が納得するはずはありません。「それはダメだ。ホーム&アウェイでいい」という答えが返ってきました。
セントラル方式を断られるのは、我々にとっても織り込み済みです。ここからが本格的な交渉です。
「でも、ホーム&アウェイでやることになったら、あなた方も一度は日本に来なければいけない。長期距離移動にどこまでメリットがあるか……。我々は中東での試合に慣れているけどね」
最終予選で中東と対戦することを想定し、我々は事前に現地へ遠征していました。アウェイの環境に慣れるために、アフリカにも行っています。日本がどんな強化をしてきたかは、彼らも情報として持っている。こちらの言っていることに、嘘はないと分かる。
相手側の表情が、微妙に変化しました。ここで一気にたたみかけたのです。「それならば、ダブルセントラルは? ひとつは中東で、ひとつは日本で。あなた方にとっても、メリットはあるはずですよ」
2か国が開催国となるダブルセントラル方式なら、少なくとも半分は中東で試合ができる。彼らにとっても悪くない。そのうえで、条件をひとつ加えました。
「順番は中東、日本だ。我々は第一シード国で、オリンピックには過去2大会連続で出場している。我々には意見を通す権利があり、ダブルセントラルの後半をホームで開催することは譲れない」
その結果、我々のグループは独自のレギュレーションとしてダブルセントラル方式を採用し、3月1日から18日までの3週間弱で予選を終えることができました。リーグ戦と最終予選がほぼ重ならないので、Jリーグのクラブの負担も最小限に抑えることできたのです。その代わりではないですが、事前合宿には快く選手を送り出してくれました。
それでも、予想外のことは起こります。UAEラウンドで、集団食中毒に見舞われたのです。アウェイゲームでは食事のメニューを事前に把握し、食材に何が使われているのも確認していました。水分補給にも細心の注意を払い、ミネラルウォーターの温度や硬度にまでこだわっていたのに……これはもう、見えざる力が働いたとしか思えませんでした。
さて、ロンドンオリンピックのアジア2次予選へ、話を戻しましょう。
厳しい国際試合をくぐり抜けた経験があれば、第1戦をホームで戦うことが気にならないかもしれません。引き分けや敗戦に終わっても、「アウェイで逆転すればいいのだ」と、いい意味で開き直ることができるでしょう。
しかし、このチームの選手のほとんどは、アジアの予選を勝ち抜いた経験がありません。U-20(19歳以下)ワールドカップのアジア予選で、日本は2大会連続で敗退しているのです。追い詰められたなかでどこまで力を発揮できるかについては、未知数と言わざるを得ない。
日本が先勝しても、かつての我々のような不測の事態に見舞われるかもしれない。アウェイゲームが終われば、2次予選は終了ですからね。勝つために何かをすることに、ためらいはないでしょう。ましてや、中東勢ならば。そこに私は、一抹の不安を覚えるのです。
大会のレギュレーションについて、選手はどうすることもできません。
だからこそ、第2戦をホームに持ってくることはできなかったのか──。
今回のチームには優れたタレントが揃っていますが、国際試合はピッチのなかだけが戦いではありません。試合が始まる数カ月から、キックオフは告げられている。自分たちの利益を守り、必要な結果をつかむための、国際競争力が問われているのです。
山本昌邦やまもとまさくに
NHKサッカー解説者
1995年のワールドユース日本代表コーチ就任以降10数年に渡って、日本代表の各世代の監督およびコーチを歴任し、名実ともに日本のサッカー界を牽引してきた山本氏。山本氏の指導のもと、成長をとげた選手達は軒…
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