なでしこジャパンが、新たな歴史を築きました。
先ごろ行なわれたFIFA女子ワールドカップで、初優勝を飾ったのです。
FIFA(国際サッカー連盟)主催の大会における最高成績は、1999年のU-20ワールドカップの準優勝でした。小野伸二、高原直泰、稲本潤一、小笠原満男、本山雅志といった個性的な選手が、フィリップ・トルシエ監督のもとに集まりました。
私はこのチームにコーチとして参加していましたので、世界大会で優勝することの大変さは理解しています。彼女たちが成し遂げた偉業の裏側には、語り尽くせない努力と苦労があったと。
6月27日のグループリーグ初戦から、なでしこジャパンは中3日のペースで6試合を戦い抜きました。
試合を重ねるごとに、疲労は蓄積していく。ケガをしてしまったり、古傷が悪化することもある。移動も強いられる。肉体的にも精神的にも、相当なストレスを抱えていく。どこにも痛みを抱えていない選手なんて、おそらくひとりもいない状況です。
しかし、対戦相手のレベルは上がっていく。条件はどんどん厳しくなっていくのです。前述のU-20ワールドカップでは、コーチの私でさえ5キロも体重が落ちました。
そうしたなかで重要なのは、「人間としての強さ」です。ベスト8だ、ベスト4だという達成感に浸ることなく、3日後のゲームに向けて自らを奮い起たせていく。自分たちには、まだやることがある。もっと先を目ざすんだ。一人ひとりが抱く勝利への意欲が、チーム全体の推進力となる。自分自身にもチームに対しても、言い訳や妥協を許さない雰囲気が出来上がっていくのです。
しかも、準々決勝では開催国ドイツと対戦し、延長後半に決勝ゴールを叩き出しました。アメリカと激突したファイナルも、2度のビハインドをはね除けています。体力が消耗しても活動量が落ちず、なおかつ技術の精度を保っていくことができていました。先行逃げ切りではなく、終盤の得点で試合を決定づけていたのは、世界チャンピオンにふさわしい地力を身につけていたからでしょう。
残念ながら私は、なでしこジャパンが優勝した瞬間を現地で観ることができませんでした。コパ・アメリカと呼ばれる南米選手権の取材で、7月12日からアルゼンチンへ来ているためです。なでしこジャパンの優勝は、こちらでも話題になっています。
試合会場やメディアセンターでは、セキュリティチェックを受けます。ADカード呼ばれる写真付きの取材証に、スペイン語で日本を意味する「JAPON」という文字を見つけると、誰もがなでしこジャパンの話題を持ち出します。素晴らしい、美しい、強い、見事だ……称賛の言葉のオンパレードです。
あの横断幕も話題になりました。
「To Our Friends Around The World Thank You For Your Support」
試合後になでしこジャパンの選手たちが掲げていたものです。東日本大震災への支援に対する、感謝を示したものでした。
なでしこジャパンの戦いぶりから横断幕へ話題が移ると、「それで、日本は大丈夫なのかい?」と聞かれます。「少しずつ回復していますよ」と私が答えると、「それなら、コパ・アメリカに参加してほしかったなあ。残念だったよ」と肩を叩かれる。そのたびに私は、何だか申し訳ない気持ちになり、歯がゆさを覚えるのです。
コパ・アメリカには、世界各国から多くの報道陣が集まっています。彼らはみな、未曾有の大震災に見舞われた日本を、注意深く見つめていました。アルゼンチンへやってきて、改めて痛感しています。日本代表はコパ・アメリカに出場するべきだった、と。
海外組が出場しなくても良かった。Jリーグ各クラブが主力の派遣に難色を示すなら、国内の若手中心でもまったく問題はなかった。実際に、メキシコなどいくつかのチームは、次世代を意識したメンバー構成で出場していましたから。
コパ・アメリカに参加すれば、震災からの復興をアピールすることができた。なでしこジャパンがヨーロッパから、日本代表が南米から、世界へメッセージを発信できたのです。
「なでしこが掲げていたあの横断幕を、コパ・アメリカでも見たかったね」
旧知の外国人ジャーナリストがそうやって話しかけてくるたびに、無念さが込み上げてくるのです。
山本昌邦やまもとまさくに
NHKサッカー解説者
1995年のワールドユース日本代表コーチ就任以降10数年に渡って、日本代表の各世代の監督およびコーチを歴任し、名実ともに日本のサッカー界を牽引してきた山本氏。山本氏の指導のもと、成長をとげた選手達は軒…
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