難しい試合になることは、あらかじめ予想されていました。それにしても……試合が終わった直後は、ドラマティックな勝利に立ち合えた興奮とともに、安堵感が込み上げてきました。スタジアムで観戦した方も、テレビでご覧になっていた方も、おそらく私と同じような気持ちだったのではないでしょうか。9月2日に行われたブラジル・ワールドカップアジア3次予選、朝鮮民主主義人民共和国戦(以下、北朝鮮)です。
監督として、コーチとして、各カテゴリーでアジア予選というものを経験してきました。セントラル方式なのか、ホーム&アウェイなのか。なでしこジャパンのロンドン五輪最終予選のような短期集中開催なのか、今回の3次予選のような半年以上に及ぶ長丁場なのか。大会方式は様々ですが、初戦の重要性は共通します。
ましてや今回の北朝鮮戦は、日本のホームゲームでした。勝ち点3を取って、いいスタートを切りたい。「勝たなければいけない」という重圧は、北朝鮮ではなく日本に重くのしかかる。難しい試合になると予想されたのはそのためです。
ウズベキスタン、北朝鮮、タジキスタンとのグループリーグで、日本はひとつ上のレベルにあります。日本にやってくる対戦相手は、「何とかして勝ち点1を持ち帰りたい」という気持ちを抱く。極端にディフェンシブな選択も考えられ、北朝鮮はまさに守備重視のゲームプランを実行してきました。
そうしたことを踏まえると、日本は良く戦ったと思います。良く我慢をした、と言ったほうがいいかもしれません。勝ち点3が欲しいホームゲームで、なかなか得点を奪うことができない。時間の経過とともに、焦りが忍び寄ってきます。個々の選手が胸に抱く「何とかしなければならない」という責任感は、ときとして強引なプレーを招いたりする。その結果として、危うい形でボールを失ったり、攻守のバランスを崩したりしてしまい、ワンチャンスをモノにされて僅差で敗れる──格上のチームが陥りがちな、負の連鎖です。
この日の日本は違いました。誰ひとりとして、自分勝手なプレーをしなかった。チームとしてやるべきことを、最後までやり通した。精神的にブレない強さが、94分の決勝ゴールにつながったのです。3次予選だけでなく最終予選を戦っていくうえで、9月2日の戦いぶりは貴重な財産となるでしょう。
勝利の余韻に浸ることもなく、チームは翌3日にウズベキスタンへ移動しました。6日には第2戦が行われます。移動を含めて中3日というスケジュールで、もう一度心身ともに戦闘モードへ仕上げなければなりません。
アウェイゲームには、様々なストレス要因があります。ウズベキスタンとは4時間の時差があり、気候も異なります。ミネラルウォーターの水質が異なるので、気をつけないとお腹を壊してしまうこともある。食事にも細心の注意が必要です。芝生の種類は国によってまちまちで、長さも自分たちの好みとかけ離れているかもしれない。ピッチコンディションへの適応が求められるのは、言うまでもありません。
暑さのもとでの戦いとなれば、水分補強が重要なテーマになります。私自身の経験を言えば、高温の地域や夏場のゲームでは15分おきにペットボトルを変えるようにしていました。さらに加えて、たとえば後半30分に冷えたミネラルウォーターを出すためには、何時間前から冷凍して、何時間前に解凍すればいいのか。そこまでシミュレーションをして、水分を用意したものです。
些細なことがストレスにつながることもあります。
もうひとつ私自身の経験を明かすと、移動のバスが時間どおりに来ないことがありました。バスのエアコンが故障していることもありました。おそらくは故障ではなく、最初から壊れているバスを我々に用意したのだと思いますが、快適で便利な日本では考えられないストレスが、アウェイでは待ち受けているのです。
1月のアジアカップでベスト4に進出したウズベキスタンは、旧ソ連からの独立国です。大型選手が揃っていて、フィジカルコンタクトが激しいスタイルは、いまでも受け継がれています。単純なクロスボールは跳ね返されてしまうでしょう。北朝鮮戦の決勝ヘッドにつながったショートコーナーのように、相手のマークを揺さぶる工夫が必要です。
いずれにしても、メンタルとフィジカルのコンディションさえ整えれば、ピッチ上で力の差を見せつけることはできるはずです。あとは、わずか3日間で、どこまでベストの状態へ持っていけるか。アルベルト・ザッケローニ監督とサッカー協会の、コーディネイト能力が問われる戦いです。
山本昌邦やまもとまさくに
NHKサッカー解説者
1995年のワールドユース日本代表コーチ就任以降10数年に渡って、日本代表の各世代の監督およびコーチを歴任し、名実ともに日本のサッカー界を牽引してきた山本氏。山本氏の指導のもと、成長をとげた選手達は軒…
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