どんな会社でも、お金の管理、人や労働の管理、情報の管理、生産管理、販売管理といったマネジメントが絶対に欠かせない分野がありますが、「ナレッジ・マネジメント(Knowledge management)」もその一つ。ナレッジ・マネジメントとは個人・グループが所有する知識や企業内の各部門に蓄積された知識情報を、組織全体で共有して活用する仕組みを指します。知識や技術やノウハウの管理はしっかり行わねばなりません。
誰かが精通・熟練している分野やスキルがあれば、それをその人のものだけにしておかない。人の入れ替わりに関わらず、自社の得意分野を強みとして維持し続ける。各々が業務上経験したことを振り返ってオープンにすることで、成功を再現させ、失敗を繰り返さない。こういった活動が、経営にとって非常に重要であるのは議論の余地もないでしょう。スキルが属人化し、退職や異動のたびに一から学ばなくてはならず、そこここで同じような失敗を繰り返している組織が、いかにも効率が悪いのは当然と言えます。
この重要性に気づき、ナレッジ・マネジメントに熱心に取り組もうとする企業も増えてきましたが、現実は、なかなか上手くいっていないようです。イントラネットを使って、企画書や提案書を保管したり、お客様の声や事例を投稿したりして共有を図っている会社もありますし、社内のネット掲示板で疑問を投げかけたり、議論をしたりという試みを行っている例もありますが、うまく運用されているとは言いがたい状況です。企画書や提案書は、保管されてはいるものの、分りにくい、検索性が悪いといった理由でうまく活用されず、掲示板などもだいたい1年も経たずに利用されなくなります。社内のエキスパートが講師となって、講座を開催している例もありますが、これも継続が難しいようです。
システムの構築、共有のルール作り、講座開催といったイベントを行っても、なかなかうまく、知識や技術がオープンで分りやすく共有されるようにならないのはなぜでしょうか。私はこれを、ナレッジ・マネジメントの成否は、人事管理の巧拙と密接な関係にあるからだと考えます。次の3つのポイントが実現していないと、ナレッジ・マネジメントはうまくいかないのではないかと思うわけです。
一つ目は、「メンバー間の信頼関係」です。自分の知識や技術、成功や失敗を組織の皆に向かってオープンにしよう、共有しようという気持ちになるのは、「互いをよく知っており、私の行為は好意的に受け止められるはずだ。」という信頼関係が前提です。オープンにしたら恥ずかしいとか、あるいは無視されたり、揶揄されたり、難癖をつけられるかもしれないと思えば、その姿勢は消極的になるでしょう。自分の持っている知識や経験を公開しようという姿勢は、「信頼できる他のメンバーの役に立ちたい」という気持ちがなければ生まれてきません。「経験や知識や技術を公開せよ」、というルール作ったところで長続きしないのは、このような気持ちが各々にないからです。
二つ目は、「組織への帰属意識、ロイヤリティが高い」こと。ナレッジ・マネジメントは、その組織にこれからも属し、組織の発展のために力を尽くそうという気持ちがどの程度があるかがポイントになります。自分の知識や技術を教える、公開するという行為は、すぐに、直接的に組織の利益に結びつくものではありません。そのような行為を評価しない、例えば、短期間に個人が上げた利益額だけを評価するような仕組みであれば、人にモノを教えたり、自分の経験を話したりするのは、何の意味もないどころか、競争の上では、マイナスになることだってあるでしょう。成果主義的な処遇システムの危うさはここにありますが、目先の利益だけを優先・追及する組織には、ナレッジ・マネジメントの実行は不可能なのです。
三つ目は、「人事異動がある」ということ。人の持つ知識や技術には、本人が無意識のうちにやっていること、あるいは、他の人から見ればスゴイのに、自分では大した知識ではない、誰でも出来る技術だと思い込んでいるようなことがあります。これらは、先に述べたような積極的にオープンにしようという姿勢があったとしても、本人が”意識できていない””大したことではないと思っている”ので、共有される状態になりません。いわゆる暗黙知として、意に反して本人だけのものとして留まってしまいます。
これを避けるには、人事異動が効果的です。担当が替わると、その業務を遂行するのに必要な知識や技術が他の人に移転・共有されるのはもちろん、引継ぎなどの段階で、旧担当者の無意識下にあったレベルの高いスキルが、改めて意識され、形式知として現れる可能性があります。ナレッジ・マネジメントでは、暗黙知を形式知に変えることが一つのポイントとされますが、そのためには人事異動は非常に有効だということです。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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