人事とは、外部環境の変化に対して、自社の組織や人材を最適化していく機能である。時代が変われば、政治・経済の状況や技術・知識、市場や顧客は変化していく。これらの変化に対して、組織や人材をどのような状態にすれば十分な適応ができるのかを考え、実践するのが人事部の役割だ。
現代の市場や顧客の特徴の一つは、多様化である。皆が同じように生き、同じようなモノを欲しがった高度成長期やバブル期とは違い、様々なライフスタイルが生まれ、欲しいモノや大切にしたいことがそれぞれに異なる時代になった。このような多様な人々の欲求や視点や価値観を十分に理解できなければ、商品やサービスは選ばれなくなるし、企業としてのありようや行動に共感は得られない。
多様化した市場や顧客に対して適切に対応するには、様々な欲求や視点や価値観を理解できる組織に変える必要があり、そのためには多様な人材を揃え、活かさなくてはならない。これがダイバーシティの本質であり、目的である。女性の活躍や登用、外国人や高齢者、障碍者の雇用などは手段に過ぎない。ダイバーシティ(&インクルージョン)が実現した状態とは、女性等の雇用・活用・登用ができていることではなく、多様な人材と多様性を活かす組織が機能した結果、市場や顧客の多様性に十分な対応ができるようになった状態なのである。
単に女性等の活用・登用が進んだ状態が、ダイバーシティの実現ではないことは、早稲田大学大学院の谷口真美教授による「ダイバーシティの5つの段階」が分かりやすい。
1.抵抗段階:違いそのものを認めず、多様性の存在を拒否する。当然、何のアクションも起こさない。(男のやり方、見方、働き方に合わせろという状態。)
2.同化段階:表面的には多様化を受け入れるが、本心では認めていない。(世間で言われているから、とりあえず女性を採用する。「女性活躍は大切だ」と言うが、本音は「人手不足」。)
3.多様性尊重段階:違いや多様性の存在は認めるが、それにどんな価値があるのかは分かっていない。(女性もとりあえず機嫌よく働いてもらえたらいい。制度面で配慮しよう。)
4.分離段階:違いに価値を見出す。マイノリティ・チームで、従来にない視点を発信してもらい、活用しようとする。(女性チームを組織して、女性向け商品の商品開発をしてもらう。)
5.統合段階:違いを活かす。異なる視点・発想を大切にし、マジョリティとマイノリティの区別なく、日常的に自然に多様性を成果に結び付けようとする。
これを見れば、日本企業はおおむね2や3の段階にある。さらに、段階を踏んでダイバーシティを進めていく必要があるが、それには単なる啓蒙や意識改革だけでは無理がある。日本企業の伝統的な「職能資格制度」が、根本的な障害となっているからだ。
職能資格制度とダイバーシティの相性の悪さ
職能資格制度は、特定の専門的業務やそれを実行する能力ではなく、“汎用的”な職務遂行能力の発展段階(レベル)を定めて等級化し、それに基づいて人を処遇する日本独特の仕組みのことである。欧米の職務(仕事)を基本に考える仕組みでは、「何ができるか、どんな仕事ができるか」で処遇されるが、職能資格制度では「どういう等級(レベル)の人か」で処遇がなされる。処遇の高低は、欧米では“能力”次第だが、日本では“等級”次第となる。汎用的な能力を身につけるには、経験年数が重要になる。いくら特定分野の能力向上に努め、その分野で大きな成果を上げたとしても、汎用的な能力が認められない限り職能資格制度では評価されにくく、汎用性のあるゼネラリストになるためには年数がかかってしまう。
等級の定義(評価基準)は、どんな部署・職種でも通用するような汎用的な表現にならざるを得ず、それがすべての人に適用されるわけだから、職能資格制度とはそもそも各々の違いや多様性を排除した考え方を持っている。「何ができるか、どんな仕事ができるか」ではなく、「どういう等級(レベル)の人か」で処遇されるのだから、各々が持つ強み、他の人との違いが評価の際に注目されることはない。組織運営も職能資格制度に則って行われており、部署は等級のバランスがよくなるように編成されるから、少数派は部署内に少数派として閉じ込められてしまう。女性や若手が、上位の等級者に対して委縮して働かねければならないのも、職能資格制度が原因である。
とは言え、ここまで根付いた職能資格制度を廃止すべきというのが暴論であるのは、よく分かる。職能資格制度にも、長期的人材育成、担当を超えた協力体制を組みやすい、柔軟な人事異動が可能といったメリットがあることも事実だ。仕事や担当によって給与が変わるとか、自分の能力をアピールして手を挙げて仕事を取るような行動が、日本人にできるかどうかも疑わしい。であれば、現行の仕組みの中でダイバーシティの段階を進める工夫を凝らすしかない。
違いの価値を見つめる
ダイバーシティの5段階の3:多様性尊重段階は、「違いや多様性の存在は認めるが、それにどんな価値があるのかは分かっていない」レベルである。確かに、違いの価値、多様性の価値を理解できているか、実感しているかと問われれば多くの人が困ると思う。(私もハッキリ言葉にして言える自信がない。)日本で暮らし、日本企業でずっと働き続けてきて身に付くのは、違いに価値があるという発想ではなく、他者との違いを修正しようとする習慣だからだ。多様性に価値があるというよりも、同質性、全員一致に価値があると考えてしまう。異なる意見があっても、空気を読んで言いたいことをグッと飲み込むのが大切というのが日本人の流儀である。他者とは違うことを明らかにするのは勇気がいるし、場合によっては恥ずかしくも感じる。分離・統合の段階に進むには、このような習慣やマインドを乗り越えなければならない。
「違い」の価値が難しければ、「同じ」にどれくらいの価値があるかを考えてみるのも意味がある。「同じ」同士を交換しあっても何も状況は変わらないから、交換することに価値はない。全員がまったく同じオモチャを持っていたら、誰も交換して欲しいと思わないから、そこでは持っているオモチャに価値はない、というのと一緒だ。また、「同じ」モノを持っているなら、誰が使っても同じ結果にしかならないから使用価値(有用性)もない。そして「同じ」には、希少価値もない。こうしてみると、「同じ」には軋轢が起こらないという意味くらいしかなく、逆に、「違い」には交換価値・使用価値・希少性があるはずで、それを見出そうとする態度が必要だと考えられる。
本当に「同じ」なのか?、という問いも欠かせない。はたして、厳密に一点の違いもない「同じ」という状況があるのだろうか。「同じ」を装っているだけではないのか。私たちは、ついつい癖で空気を読み、あるいは習慣として「同じ」に焦点を当ててしまいがちで、相違点を無視・軽視してしまう。そのような態度は、結論を導くには手っ取り早いが、成果につながる有益な議論、本当の意味での合意形成プロセスを経たことにはならない。「同じ」は何で、「違い」は何かを明らかにし、「違い」をチャンスと捉えて焦点を当て、熟議する姿勢が求められる。
多様性尊重段階を乗り越え、分離段階、統合段階へ進むには、上記の二つの取り組みがポイントになる。一つは、「違い」の価値を会社や職場単位で議論し、共有すること。「違い」の価値は、本や研修ではなく、自社のビジネスや組織風土に見合った文脈でしか理解はできないはずだ。次に、「違い」にフォーカスし、それを前向きなきっかけとして議論する習慣である。「違い」を無視して「同じ」であることにしたり、「同じ」を装ったりする習慣を脱し、それぞれが「違い」を表明し、「違い」を議論のチャンスとして前向きに捉えるコミュニケーションを習慣にしなければならない。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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