あるダイバーが、「一緒に潜った仲間とは、時間は短くても非常に親しみを感じる関係になれる」と言っていました。伺うと、ダイビングにおける環境やコミュニケーションがその理由になっているようです。
当たり前ですが海中で声は出せないので、意思疎通はすべて手を使った合図などによることになります。「もう少し、深い位置へ」「前へ進むぞ」「今から上がっていくぞ」「体調はどうか?」そんな指示やアドバイスや質問が、すべて手で行われます。言葉より伝わりにくいのはもちろんですが、だからこそ、そこには互いの推し量りというものが強く求められます。しゃべらずに意思疎通をしなければならない環境に置かれることによって、想像力や洞察力が働くようになるわけです。不自由な状況ではあるものの、伝わった喜び、理解できた喜びは、声に出して話したときのそれよりも大きくなるでしょう。
返答をしなければならないのも重要な決まりだそうです。指を丸めて「OK」を返す、意図が分からなければもう一度と訊き返す、といったリアクションを必ずしなければなりません。曖昧な理解や認識の齟齬は、誤った行動につながり、互いの安全を損なう危険性があるからです。
一緒に潜る仲間は、互いの安全を確保しあう義務のようなものがあります。例えば、寒さで腹痛を起こしたまま一緒に潜っていて、仮にその後その人に何かあれば、助けようとした人を巻き込むような事故になってしまうかもしれません。従って、皆のために潜るのを停止する決断が必要です。また、一人が皆よりも深いところにいると、気圧の関係でボンベに入っているエアーが早く減ってしまいます。そうすると、帰るときにエアーが足りなくなる可能性があって大変危険なので、「深いからもう少し上へ」といった指示を誰かがしなければなりません。このように、互いの安全を確保しあうために、皆がそれぞれの行動や状況に対して常に関心を払いつづけます。数分に一度は、しっかり合図をしあうと言います。
この話は、職場のコミュニケーションに大いに示唆を与えてくれます。
多くの職場で、言いっ放しや何となく聞いただけというケースをよく見かけます。背景や経緯に関する洞察や確認なしに、表面的に伝えただけ、言葉として理解しただけ。「何度も言っているのに、伝わっていない」「伝えたのに、やってくれない」「聞いているのに、分かっていない」そんな嘆きを、多くのビジネスパーソンが抱えています。互いの真意や心理を推し量ろうとする姿勢が、欠けている証拠でしょう。
返答がない、あるいは曖昧な反応をする人も少なくありません。分かっているのかいないのか、賛成か反対かを明らかにせず、とりあえずその場をやり過ごそうとするようなリアクションをする人です。その結果、しっかりした合意形成がされず、決定も形骸的になり、決まったことが実行されないといった状況に陥りがちになります。
これらとはまったく異なる、ダイビングにおける良好なコミュニケーションのベースには、「危険性に対する意識」があり、それと同じレベスの意識を会社や職場という組織が持つのは確かに難しい面はあります。が、自分たちは一緒に深いところまで潜っている仲間であり、相互の無関心は皆を危険にさらしてしまうという認識は、良好なコミュニケーションに不可欠なのかもしれません。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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