緊縮一本槍に強い反発――フランスとギリシャ
フランス大統領選とギリシャ総選挙で、いずれも財政緊縮策を進めてきた与党が敗れ、再び欧州債務危機に対する不安が広がっている。特にギリシャでは第1党から第3党まで順番に行った連立協議が不調に終わり、組閣が難航している。このままでは6月に再選挙の可能性もあるという(5月14日現在)。
すでに本コラムで紹介したように(Vol.18『現地に見る欧州経済危機~2012年の最大の懸念材料~』)、昨年末にギリシャを取材で訪れた際、増税と歳出カットによる財政再建に対し国民の不満・批判が強いことを実感した。
ギリシャ政府は財政再建策の一環として昨年秋に固定資産税の増税を打ち出したのだが、現地でその請求方法を聞いて驚いた。増税分の請求が電気料金の請求書に上乗せされて送られてきたのだ。
日本では考えられないことだが、ギリシャは電力事業が国営なのでこのような方法が可能なのだそうで、ギリシャ政府としては徴収率をあげるために知恵を絞った結果だろう。だが多くの人は「増税で負担が増えるだけでも大変なのに、こうした徴収のやり方は強引だ」と余計に反発を強くした。
現地でこういった空気を肌で感じていただけに、今回の選挙結果は個人的には予想通りだったといえる。
とはいえ、今回の選挙結果は2つの大きな問題を浮き彫りにした。第1は財政再建をどのように進めるかという政策選択だ。ギリシャをはじめ欧州各国政府は財政再建を最優先課題とするあまり、増税と歳出削減にやや偏りすぎた。そのためますます景気回復が遅れ、その結果、税収減少など財政再建が遅れるという悪循環に陥っている。このため、緊縮財政に対する反発がより大きなものになってしまった。
したがっていま欧州各国にとって必要なのは、財政再建を進めつつ、景気回復や経済成長にも力を注ぐこと、財政再建と経済成長の両立である。難しい課題ではあるが、経済成長のためには一時的な景気対策ではなく持続的な成長が可能となるような経済構造に変えていくこと、つまり構造改革が必要だ。
増大する「政治リスク」
それでは、今回の選挙で勝利したフランスの社会党やギリシャの従来の野党勢力が、財政再建と経済成長を両立させる政策をとって危機を乗り切ることができるだろうか。現時点での政治情勢を見る限り、残念ながらその可能性は少ないと言わざるを得ないだろう。両立どころか、財政再建を後退させ、しかも経済成長については有効な方策を示しているとは言えない。このため危機拡大への懸念が広がっている。この政治リスクが第2の問題だ。
ギリシャで緊縮財政反対を唱えて第2党に躍進した急進左派連合の党首は、「緊縮財政という蛮行を即座に中止すべきだ」「EUなどとの合意を破棄せよ」などと発言している。組閣が難航する中で実施された世論調査では、その急進左派連合の支持率がアップしているという。再選挙になれば、緊縮反対派がさらに議席を伸ばし”反緊縮内閣”が誕生する可能性がある。
しかし現地からの報道を見る限り、それら緊縮反対勢力の多くは「緊縮財政反対」を主張するだけで、それに変わる有効な財政再建策を提示できていない。これでは、政権を担うかもしれない政党の主張としては無責任と言われても仕方あるまい。あるいは、大衆迎合主義と言ってはギリシャ国民に失礼だろうか。
だが程度の差こそあれ、今の欧州にはこうした政治的空気が強まっているような印象を受ける。フランス大統領選の結果にもそれが言える。これを「大衆迎合政治の弊害」と言うべきか、「政治」と「経済」のギャップと言うべきか……。欧州経済危機に「政治リスク」という新たな要素が強まったことは確かである。
これまでも「政治」が経済危機を拡大させた前例が数多くある。昨年秋、ギリシャのパパンドレウ首相(当時)がEUの支援策と財政緊縮策の受け入れについて突如、国民投票を実施すると表明して大混乱に陥ったことは記憶に新しい。
リーマン・ショックでも「政治」が経済危機を増幅
実はリーマン・ショックでも「政治」が危機を増幅させていた。そもそもリーマン・ブラザーズの破綻自体が、政府が金融機関を救済することへの国民の反発を恐れて当時のブッシュ政権が土壇場でリーマンを”見捨てた”との見方が根強くある。
その真偽は不明だが、リーマン破綻後に「政治」が危機を拡大させたことは確かだ。2008年9月下旬、政府は金融機関の不良資産買い取り機関を設立し、政府が出資するという金融安定化法案をまとめ議会指導部とも合意した。これは金融機関に直接公的資金を注入するものではなかったが、危機打開に向けて一歩前進と見られる対策だった。
ところが9月29日の下院本会議で否決されてしまったのだ。多くの下院議員が自らの選挙を目前(11月)に控え、金融機関救済と映る法案は国民の反発が強いと見て反対に回ったためだった。
予想外の否決にショックが走り、NY市場のダウ工業株30種平均は777㌦安と史上最大の下げ幅を記録、世界同時株安が一段と広がった。実は、リーマン破綻直後より、金融安定化法案の否決後の方が株価の下落が大きかったのだ。「危機への対処に何が必要か」ではなく「選挙に勝つこと」を優先した政治が、危機を拡大させたと言える。
こうした政治的傾向は、大衆迎合主義とかポピュリズムなどと呼ばれるが、最近は世界的にその傾向が強まっているように見える。民主主義である以上、民意・世論を基本とする政治は当然のことだが、その民意が必ずしも経済危機打開の答えと一致しないこともある。そうした「政治」と「経済」のギャップは悩ましい問題だ。まさに民主主義発祥の国・ギリシャがこの危機をどう乗り切るのかを見守りたい。
岡田晃おかだあきら
大阪経済大学特別招聘教授
1947年、大阪市生まれ。1971年に慶應義塾大学を卒業後、日本経済新聞社へ入社。記者、編集委員を経て、テレビ東京へ異動し、「ワールドビジネスサテライト」のマーケットキャスター、同プロデューサー、テレ…
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