前回は、中国が持続的経済成長を続けるために、いわゆる粗野な経済発展から省エネ型・循環型に早急に変えていかなければならなくなったと書いた。ある試算によると、中国の単位GDP当たりのエネルギー消費量は日本の約4倍強だそうだ。数年前はこれが7倍ぐらいだったと言うから中国も相当省エネが進んだことになる。しかしこれまでは明らかに効率の悪い機器や無駄なエネルギー消費をつぶしていけばよかったが、これからさらにエネルギー消費率を高めていくとなるとだんだん困難な局面が見えてくるだろう。
中国は今後、「経済成長を続けたまま省エネや環境問題に対応する」という離れ業を要求されている。中国のエネルギー政策の司令塔である国家発展改革委員会クリーン発展メカニズムプロジェクト管理センターの康艶兵主任は2011年の7月、私の研究センターが主催した討論会でこう述べた。「中国のエネルギー需給環境は極めて厳しい。今すぐにでも日本レベルの省エネ化を達成しなければならない、というところまで追い込まれている。」
よく日本の省エネ・環境技術は世界の最先端だと言われる。しかしもう少し諸外国にとって魅力的な言い方をすれば、「日本の省エネや環境汚染防止技術は世界で最も効果を発揮している」となる。つまり技術そのものが高度であるだけでなく、技術の”適用性”のレベルも高いということだ。5年ほど前、中国のCCTV(中央テレビ)の有名な岩松というニュースキャスターが日本を訪問し、その時のことを本に記した(「岩松看日本」)。彼は日本のビルや近代的施設にはさほど驚かなかったが、日本のある地方に行って一般家庭のごみ分別収集の細かさとそれをきちんと守らせる社会の仕組みには驚愕を覚えたと書いている。
中国は資金があるのだから、世界のあらゆるところから高性能の省エネ機器や環境汚染処理装置を購入することができる。事実、今ではどの地方政府に行ってもこうした機器や装置が装備されているのを見ることもできる。しかし問題はオペレーションだ。中国の役人は、技術導入、技術移転ということばをよく使う。だがこれらはたいてい機器や装置などのいわゆるハードウェアのイメージだ。実際、中国に導入された先進機器はオペレーションやメンテナンスが悪いために半分の機能も発揮していないという話も多く聞く。
日本の省エネ化や生活環境改善の軌跡を辿ってみると、技術面での改良・革新に加えて、工場の仕組みや都市の構造も時間をかけて改善してきたことがわかる。省エネルギーというのはある先進機器を導入すればすぐに達成されるものではない。製造工程の管理レベルや社会生活の仕組み・ルールをコツコツとレベルアップしていくことこそがトータルの省エネにつながる。私たち日本人はあまり知らないことだが、これこそが今の中国に決定的に欠けていることなのだ。
前に述べたように中国の省エネや環境汚染防止は、時間をかけている暇がないところまで追い込まれている。そこで中国政府が考えた政策は「社会実験方式」である。ある地域を省エネ・環境モデル都市と定め、そこに海外等から先進技術を集中的に投資し一気に先端省エネ・環境都市を作り上げる、そしてここで得た経験や技術システムをモデルケースとし、他の地域に適用、拡大していく手法である。中国全土に数多ある「生態工業園(エコパーク)」とか「生態城(エコシティ)」といった類のものはみんな社会実験都市なのである。しかしこれだけ資金を投入し、海外等の先進技術を導入してきたにもかかわらず、中国には本当の意味でのエコパーク、エコシティはまだどこにも完成していない。自称”エコシティ”はいくつかあるようだが、それは部分的なシステムに過ぎない。
日本のビジネスチャンスを考えてみよう。これまでは日本の先進機器や装置を売ることがビジネスの基本だった。日本製の機器や装置を買ってもらえば、その優秀さが理解され、次の商談につながり交換部品やメンテナンスで儲けることができるはずだった。しかし実際は思ったほど儲からない、何故か? 中国側は先進機器や設備を導入してもその能力を発揮できていないから、そのプロジェクトが成功したという評価になっていない。もしくは導入した技術を”真似て”今度は自分たちで機器や装置を製造し始める。だから日本企業には再発注が来ない。しかも自家製の性能の悪い機器でモデル都市を建設しようとするものだから、そもそも都市建設プロジェクトが成功に結びつかず、結局は省エネ・環境モデル都市とは言えない”普通の工業団地”があちこちで操業しているだけになる。
もうおわかりだろう。日本のビジネスチャンスは機器や装置を売ることではなく、それを”機能させること”にあるはずだ。だから日本は技術を売るだけでなく技術者が自ら現地に赴き、もっと機器や装置のオペレーションや都市建設に加わらなければならない。そして本物の省エネ・環境都市を実現して見せてやらなければならない。これをとても難しいと考える日本人がいるが、日本の大工場や大都市でやってきたことをやるだけでよいと思う。私たちはそう考えないかもしれないが、東京は世界に冠たる省エネ・環境都市なのだ。
これまでは日本人の人件費が中国人に比べて高すぎたため、このようなことは考えず中国側にオペレーション教育を施すことを考えてきたが、これからは発想の大転換が必要だ。もう日中の労務費の差は着実に縮小しつつある。日本は技術を中国に輸出するのではなく、その経験と労働力を輸出する時代になりつつあるのだ。日本国内の雇用は縮小しているが、上記のような観点に立てば日本人の中国での雇用機会はまだまだ拡大する。
中国は高い経済成長が続き経済政策においては挫折の経験がないので、リーダーたちはどこまでも考え方が前向きだ。中国が日本の4倍ものエネルギーを使って同じ規模の経済体であることを指摘すると、彼らはこう言って見せた。「では中国が日本の先進省エネ技術を導入して定着させられれば、今のエネルギー量で日本の4倍のGDPを持つ国家になれるのですね」。理論的にはその通りだ。中国がどれだけ日本の省エネ・環境技術とその”オペレーター”を欲しているかを考えれば、日本のビジネスチャンスは無限に広がっているのだ。
(次回は、中国の第3の課題、「産業の付加価値向上」における日本のビジネスチャンスについて書く。)
松野豊まつのひろし
日中産業研究院代表取締役
1955年大阪生まれ。京都大学大学院工学研究科衛生工学課程修了。株式会社野村総合研究所経営情報コンサルティング部長を経て、2002年に野村総研(上海)諮詢有限公司を設立し(野村グループで中国現地法人第…
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