「イラクにサーカス団がやってくる!皆さん!乞うご期待!」
イラク南部サマワの街に巨大看板が掲げられた。市民は呆然と横断幕を見上げている。ここは戦場のイラクである。サーカスを開催するなど正直イラク国民誰も信じることができなかった。さらに開催場所が日本の自衛隊が派遣されているサマワの街となればなおさらである。
バグダッドに比べてまだ治安がよく、子どもたちは学校に通学できる環境にあるとはいえ武装組織による自爆テロ、自衛隊宿営地への迫撃砲の攻撃が連日続いていた。いったいイラクに来るサーカス団は何者なのか? 偶然にも宿泊先が彼らと同じ宿となった為、サーカス団女性リーダーにお話を伺った。
「なぜイラクまでやってきたのか?」「戦場に立たされている子どもたちに笑いを届けたかったからです。」「どこからきたのですか?」「イギリスから来ました。イラクにたどり着くまで世界中の紛争地域でサーカスを披露してきました。」「明日のサーカスの自信は?」「もちろんあります。子どもたちだけでなく両親や近所の方々にも足を運んでほしい。思いっきり笑ってほしいのです。」
サーカス会場はサマワ小学校。午前10時の開演を前に校舎内は既に生徒、先生、近所の人たちで溢れかえっている。門には武装したイラク人警備員が配置された。
校庭には観客が入りきれず、校舎の二階までも生徒が埋め尽くした。イギリス人女性は長さ2mはある竹馬を足にくくりつけながら「さあ!イラクの子どもたちに笑いを届けよう!笑いは力だ!」気合いをいれた。
会場から校舎が揺れるほどの歓声があがった。ピエロに扮し竹馬に乗ったイギリス人女性が子どもたちの前で飛び跳ね踊っている。男性ピエロは巨大な楽器を演奏しながら踊ったり、ぬいぐるみを着て飛び跳ねていた。
子どもたちはお腹を抱えて奇声に近い声で笑い転げている。ピエロはその笑いにあわせてますます激しく踊り狂う。笑いに国境はないとはその通りで、やることなすことすべてに笑い続けていた。サーカス団は断言していた通り、戦場の子どもたちに本当に笑いを届けた。自らもその笑いの力にのみ込まれてしまった。
イラク人の子どもたちは興奮しながら「生まれて初めてサーカスを見ました!面白かった!あんな長い竹馬に乗って踊れるなんて凄いよ!ピエロのお兄さんに肩車してもらったんだよ!もっと見たい!」先生も表情は柔らかい。「子どもたちがこれほど笑っている姿を久しぶりに見ました。今のイラクの環境を考えればサーカス団がサマワまでやってきてくれたことに感謝です。子どもたちも決して忘れることのできない一日となったはずです。それにしてもサーカスは面白いものですね!」
銃の力よりも笑いの力が戦場を変える。そう実感した。
渡部陽一わたなべよういち
戦場カメラマン
1972年9月1日、静岡県富士市生まれ。静岡県立富士高等学校 明治学院大学法学部卒業。戦争の悲劇とそこで生活する民の生きた声を体験し、世界の人々に伝えるジャーナリスト。 世界情勢の流れのその瞬間に現場…
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