メキシコ五輪のマラソン銀メダリストである君原健二さんが、8月11日の日経新聞『私の履歴書』に書いておられた、「ムリ・ムダ・ムラ」と題した文章は、人材育成に関して非常に示唆に富んでいました。要約すると、次のような内容です。
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職場では、「ムリ・ムダ・ムラ」の”三ム”をなくせ、とよく言われた。合理的な仕事をしろということだ。マラソンのレース本番でもそれは同じで、無理のないスピードで、余計なエネルギーを使うことなく、上げ下げのない一定のペースを保つのがよい。
しかし、練習では逆で、「ムリ・ムダ・ムラ」をしておかないと強くなれない。無理をしておかないと、どこからが自分のオーバーペース、オーバーワークかが分らない。42.195キロを超え、無駄に思えるような長い距離を走ることによって、本番での余裕が生まれる。また、スピードを上げ下げし、ペースにムラをつけた練習をすることで、心肺機能に余裕ができる。練習では、”三ム”をなくさないほうがよいのである。
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職場に目を転じてみれば、近年、無理と思えるような難題・仕事量・目標を、上司が部下に課すことは少なくなってきました。若手自身も、困難に挑戦する前に、安易に「無理」と考えてしまう傾向が強くなっています。また、効率を重視するので、無駄は嫌われ、排除されていきます。いかに少ない時間やパワーで仕事を仕上げるかに血道を上げる一方、成功する可能性が小さいと考えられる企画への挑戦は無駄と分類され、残業、飲み会、研修、イベントなど、すぐに役に立ちそうもないこともカットされていきます。ムラを嫌って、淡々とマイペースで仕事をする人達、ムラの出ないように、部下の仕事の状況を気にしながら指示する上司、そんな職場が増えました。
もちろん、職場や仕事を合理的に、効率的にすることは、企業として当然の行動です。しかし、そうして「ムリ・ムダ・ムラ」をなくせばなくすほど、人が育ちにくい環境になっていくというのは、皮肉な現象と言うほかありません。そして、『練習では、”三ム”をなくさないほうがよいのである。』という君原健二さんの言葉は、企業において人が育ちにくくなっている原因を見事に言い当てているように思えてきます。組織が効率化すればするほど、人が育ちにくくなる。人が育ってこないと、成長が止まり、組織が衰退していく。これが企業の寿命というものの正体かもしれません。
しかしながら、今さら昔と同様の「ムリ・ムダ・ムラ」を復活させることはできないでしょう。従って、企業経営における重要な課題は、「どのようにすれば、効率化した組織において、人が育つようになるのだろうか?」ということになります。「ムリ・ムダ・ムラ」のメリットにも目を向け、効率化の行きすぎにどこかで歯止めをかけたり、バランスをとったりする。既存の業務の効率化は進めながら、新たな事業や取り組みを継続し、その中の「ムリ・ムダ・ムラ」で人を鍛える。経営者には、このような効率化と人材育成を両立させるための発想が求められているのでしょう。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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