欧州経済危機、中国経済の急減速や反日デモなど、日本企業を取り巻く経営環境はますます厳しさを増している。日本経済は円高、デフレの長期化などに苦しみ、企業はグローバル化や少子高齢化への対応も迫られている。課題山積である。
セブン-イレブン高収益の原動力~少子高齢化などに素早く対応~
そんな中で、セブン-イレブン・ジャパンの井阪隆一社長から示唆に富んだ話しを聞く機会があった。私が教鞭をとっている大阪経済大学の創立80周年記念イベントの一環として講演会を開き、井阪社長に同社の成長の要因やコンビニ業界をめぐる環境変化などについて語ってもらったのだが、そのキーワードは「課題こそニーズ」だった。
セブン-イレブンは売上高、店舗数などコンビニ業界1位の規模を誇るが、利益率の高さも際立っている。セブン-イレブンを傘下に持つセブン&アイ・ホールディングスは先日、来年2月期の連結経常利益が3080億円と過去最高になる見通しだと発表したが、利益の大半をセブン-イレブンが稼ぎ出している。その原動力の一つになっているのが、経営環境の変化に素早く対応してきた戦略だ。
コンビニといえば、かつては若者客が中心だったが、最近は高齢者や女性客が年々増えている。いまやセブン-イレブンの来店客の半分近くが40歳以上で、そのうち50歳以上が30%を占めるようになっているという(2011年度実績)。これに対応して同社は品揃えをいち早く見直した。惣菜や弁当、冷凍食品など、高齢者のニーズに合った商品開発を進め、PB商品も増やした。商品販売だけでなく、高齢者向けを意識した配食サービスも拡大している。また働く女性などのニーズにあわせて、料金収納代行なども伸ばしている。井阪社長は「コンビニの役割が社会的なインフラ拠点へと変化しつつある。わが社は『近くて便利』のさらなる進化を目指す」と強調していた。
グローバル化の真の意義とは
少子高齢化、働く女性の増加など、経営環境の変化に対応することはどの企業にとっても重要な課題だ。ただそれは、ともすると受け身的に捉えられがちである。しかし環境が変化するということは、そこに新たなニーズが発生することを意味するわけで、まさに「課題にこそニーズがある」。そのニーズを取り込んだ企業が、今の危機の時代を生き抜いて成長していけるのである。
日本企業が直面する課題と言えば、グローバル化への対応も重要だ。セブン-イレブンもグローバル事業は経営の柱に据えている。その中心となる中国での展開は最近の反日デモの影響が気になるところだが、井阪社長は「中国事業の基本戦略は変わらない」と語っていた。井阪社長によれば、実はグローバル展開と少子高齢化は密接な関係があるのだという。「海外、特にアジアは日本のあとを追いかけて少子高齢化が進むのだから、今の日本の課題を克服するプロセスは必ず今後の海外で活かせる。事業のグローバル展開にはそういう意義がある」と指摘する。ここにも「課題こそニーズ」との考え方が表れている。
新人時代の”原点”~豪雪の中、商品を届けて「使命」を実感~
記念イベントでは井阪社長の講演に続いて、パネルディスカッションに移った。ここでは私がモデレーターをつとめたが、二つの印象的なエピソードを聞くことができた。
一つ目は、井阪氏が新入社員時代の出来事。1980年にセブン-イレブンに入社した井阪氏は福島県郡山市の直営店で店員として働いていたが、その年のクリスマスイブから郡山は豪雪に見舞われ、3日間にわたって電気も水道も止まってしまった。町中のほとんどの商店も閉まり、住民は飲み水や食料の確保にも困るような状況になったという。その中でセブン-イレブンの店舗は営業を続けることができた。しかしすぐに棚は空になる。そこで急きょ東京からおにぎりなどを運ぶ手配をするなど奔走した。おかげで住民からは感謝されたという。
井阪氏は「新入社員の時にそのように仕事の意義を感じる経験が出来たことは貴重だった。これが私の原点」と振り返る。昨年の東日本大震災では、東北の被災地の各店舗に商品を届けるために陣頭指揮を執ったが、郡山のことが思い出され、あらためて流通業の社会的使命を実感したという。その使命は「課題」でもあり、そこに「ニーズ」があるということだ。
新商品開発で”11連敗”の経験~「妥協しない」ことを学ぶ~
もう一つは、新商品開発にあたって鈴木敏文会長から11回もダメ出しを受けたこと。セブン-イレブンでは、新商品発売を決定する際に必ず鈴木会長以下幹部による「役員試食会」を開き、これを通ったものだけが発売される。井阪氏が商品開発の責任者をつとめていた13年前、冷やし中華の新製品を役員試食会に出したところ、鈴木会長に一口食べて即刻つき返されたという。
そこで後日改良したものを出したが、またダメ。何度出してもOKをもらえず、結局「11連敗」(井阪社長)となってしまった。夏限定商品なので、このままでは販売が間に合わなくなると泣きついたが、会長は一切妥協しなかったそうだ。最終的には、冷やし中華のおいしい名店を探し、頼み込んで麺とつゆを持ち帰って、麺の硬さと弾力を数値化し、その数値になるように素材の配合やゆで方を工夫した。こうしてようやく12回目で鈴木会長のOKが出たのだった。
井阪氏がここで学んだのが、「経営トップは妥協してはいけない」ということだった。「だから自分も今は、妥協しないことを心がけている」と語る。それは、新商品開発だけでなく、経営全般に通じることだ。時代の変化という「課題」には素早く対応するが、その内容は妥協しないということでもあるのだろう。
日本はいま多くの課題に直面し、危機の時代にあると言える。そんな中で企業は生き残りをかけて必死に闘っている。だがピンチの中にこそチャンスがある。そうした課題を逆にビジネスチャンスに変えて成長していくことが必要だ。厳しい経営環境という「課題」にニーズを見出し、それをチャンスに活かせるかどうかが、生き残りのカギを握っていると言えるだろう。
岡田晃おかだあきら
大阪経済大学特別招聘教授
1947年、大阪市生まれ。1971年に慶應義塾大学を卒業後、日本経済新聞社へ入社。記者、編集委員を経て、テレビ東京へ異動し、「ワールドビジネスサテライト」のマーケットキャスター、同プロデューサー、テレ…
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