大阪の桜宮高校バスケットボール部の体罰(暴力)事件に続き、女子柔道でも選手達が監督を連名で告発するなど、スポーツにおける指導方法や指導者のあり方が大きな話題となっています。そして、このような指導が横行している原因の一つとして、指導者教育の不足が挙げられています。メダリストだから、実績を残した選手だからという理由で監督やコーチに据え、その人達に指導のノウハウをしっかり学ばせていない。だから、彼らは自分の経験や考えだけに基づいて選手指導を行ってしまう。サッカーでは、長期に渡る講習会などで学ぶことがJリーグの指導的立場につく際の条件になっていますし、少年・少女チームの指導者にも公認資格がありますが、そんなシステムを持っている競技は少ないようです。
これは、企業の管理職のありようと無関係ではありません。業績を根拠にして管理職への昇進人事が行われ、ロクに指導方法を学ぶことなく、自分の経験や信念に基づいて部下を指導している、というのが多くの会社の現状だからです。スポーツのように体罰という分かりやすい問題行動がないだけで、実は効果のない、誤った指導が行われている可能性は高いでしょう。もちろん、上司がそれぞれに持論や信念を持って指導に当たるのは構いません。しかし、セオリーをまったく知らずに、また、部下の年齢やその価値観の変化などを無視して、自分が受けた昔ながらの指導と同じようにやっているとしたら、それは多くのスポーツと同じであって問題です。
そもそも、管理職はメンバーとはステージが異なります。自分で結果を出すのではなく、人を動かして結果を出す役割なのであり、そのためにはプレイヤーであった時代とは異なる能力や視点を身につける必要があります。プロゴルフでは、スター選手のほとんどがレッスンプロという、プレイヤーとして過去に実績を残したのではない「教えるプロフェッショナル」についていますが、これは、自分が上手に出来るのと、人に上手に教えるのとは異なる能力が必要であることを表しています。同じように、管理職は指導のプロとしての役割が求められるのであり、会社も指導者教育にもっと注力してよいはずです。
指導者教育には、管理職研修で行われるような目標設定や評価の手法、部下とのコミュニケーションといったスキル学習も含まれますが、私には、それ以前の根本的な部分、社会人としてのありようや、部下や組織への精神的な態度に関する学びや見直しが必要であるように思います。
例えば、他人に対する忍耐や寛容の重要性を知ること。部下を指導したら、すぐに結果を出して欲しいと思ってしまいますが、出来るようになるまでにはそれぞれに異なる時間が必要ですから、上司にはそれまでじっくりと見守ろうとする態度が欠かせません。失敗もあるでしょうが、もう一度挑戦させるためには、簡単に見限るのではなく、寛容な態度が求められます。
管理職は、自分の言動や見え方をコントロールするのも大切です。上司は常に部下から観察されています。誰に対してどう振舞っているか、どの仕事にどのように取り組んでいるか、などから、部下は上司の姿勢や心理を見抜きます。モチベーションが下がっているのも、焦ったり動揺したりしているのも、容易に分かってしまいます。これが、組織の士気や部下の仕事ぶりに影響するのです。だから上司は常に部下の視線を意識し、その時々の状況に相応しい言動をとらねばなりません。いつも悠々としている、常に活き活きと情熱的である、そんなポジティブな姿をキープする必要があります。
勉強熱心であることも、指導者に求められる態度です。人を動かして結果を出す役割なのですから、人はどのように物事を認識するのか、人が動機付けられるメカニズムはどうなっているのか、人の発達や成長は何に影響されるか、といった知見は重要です。直接的に部下に教える内容ではなくても、政治・経済・社会の動き、歴史や文化に関する知識、趣味などに取り組む姿勢なども、部下とのコミュニケーションににじみ出るはずです。日ごろ、ゲームや漫画やギャンブルに興じているだけの人が、優れた管理職になるとは思えません。
他にも色々とあると思いますが、いずれにしても、昇進してから実務的なスキルを学んだだけで、あとはそれぞれのスタイルで部下を指導しているような状況は、問題になったスポーツの指導と何も変わりません。もっと丁寧に、かつ時間をかけて上のような社会人・組織人としての基礎を学ぶ機会を設け、プロの指導者をしっかり育てていく必要があるというのが、今回の一連の事件から企業が学ぶべきことではないでしょうか。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
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