毎年この時期、好きで観てしまうのがフィギュアスケートの試合なのですが、特に今年は年明け2月に開催されるソチ五輪の代表選手選考が気になって、男女共に注目しています。そしてさらに注目しているのがクリスマスに行われる日本選手権の安藤美姫選手の演技です。
この日本選手権が日本代表3枠に選ばれる為の最後のチャンスであるのはいうまでもありませんが、安藤選手にとってその試合までの残りわずかな調整期間の1分1秒が、とてつもなく大きな意味を持っていると思います。出産してからたった3ヶ月でトレーニングを再開し、出産による骨盤の開きや、筋肉量の減少、体力の衰え、遠ざかっていた試合の勘、体重のコントロール、技術の劣化等々の全てを、世界トップレベルにまで戻すという壮大な挑戦です。これまで鍛錬に鍛錬を重ねて研ぎ澄ませてきたアスリートの肉体や感覚においては、劇的な変化があったと言えるでしょう。また子育てという、楽しいけど時に不安や悩みも抱え、時間にも制約がある厳しい環境の中、彼女はどこまで高い完成度に戻して臨めるのか?・・・最終的に代表になってもならなくても、この結果は色んな競技の女性アスリートに多大な影響を与えることになるのではないでしょうか。”どんなトレーニングメニューが出産後に有効性があるのか?””実際に出産前と出産後、身体能力はどのように変わるのか?””適正な練習量の確保と同時に、子どもを育てていくという大役との両立は可能なのか?””その上でどんなサポートが有難かったのか?”など、おそらく日本スポーツ界では、これまでそのようなデータを大々的には取っていなかったように思います。だからこそ私は知ってみたいと思いますし、スポーツ界にとっても新たなムーブメントではないでしょうか。
女子アスリートの選手寿命、強化の仕方、結婚・出産を経てカムバックしてもよい環境など、様々なことがおそらく変わってくると思います。さらにこのケースは、現代の日本社会が抱える少子化問題の対策にも関わってくることになろうかと思いますので、他人事とは捉えず、皆で枠組みを考えていかなければならない事案として挙げるべきだと思います。
「赤ちゃんはママが恋しいはずなのに、ほったらかし状態じゃないと練習できないだろうし、なのにパートナーからのサポートを得られないシングルマザーの道を選んだりして、子どもにしわ寄せが来ていてかわいそうね」という声をちらっと耳にしたことがあります。そのご意見にもごもっともな部分もあるとは思いますが、私は誰の肩を持つ訳ではなく、とにかくアスリートのみならず仕事を抱えるキャリア志向のママ達の中にも同じようなチャレンジをしている人がいて、しかし社会的にそのチャレンジがよろしくないと捉えられるのであれば、結局キャリアを諦めるしかなかったり、あるいは子どもを産むことの方を諦める人も出てきたり、「子どもは一人で手いっぱい」と第2子、第3子は産まないという人が出てくるのは、自然の成り行きのような気がします。
いくら少子化対策として「保育所を整える、だからたくさん産めよ育てよ」と言われても、そうはいかない現実を私も昨年長男を出産して以来感じています。私は仕事を持つママの一人ですが、とある人の「お仕事、ご活躍で!だけどお目にかかれているということは、今日も子ども置いて来てるってことやもんね?美保ちゃん子育てやってる(冗談っぽく)?」の言葉を「やってますよ~(笑)」と受け流しつつ、引っかかるものを感じてしまいました。
スケジュールを調整して、できるだけ子どもと一緒にいられるよう時間の工夫もかなりしていますし、実母にも協力を要請して本当に助けてもらっていますし、夫は帰りが早いときは子どもとたくさん遊ぶよう努めてくれていますし、日々感じる子どもの成長と、私が帰ってきた時にしかと抱きついてくれる小さな手や腕は愛おしく、私の幸せと喜びそのものです。安藤選手も働くママも、想いは同じく、今の自分が置かれている環境の中で出来る最大限の工夫をされていると思うのですが・・・。
仕事にやり甲斐を見出していたけど、子どもの出産によって時短で働ける部署に配置換えを申し出て、しかしその部署には前ほどのやり甲斐を感じられないことに悩んでいるという人もいますし、前と同じ部署に復帰したとしても、やはり子どもの送り迎えや、急な発熱に対応したりすると、周りの上司や同僚に負担や迷惑をかけてしまい、それがいたたまれなくなって結局退社する、というケースはよくある話だと聞きます。
そしてまた子育ては本当にお金がかかりますよね。あらゆる可能性を見出してあげたいし、それには環境を整えることがまず親としてやってあげられることなのかなぁと考え、すると先立つもの、つまりはある程度の金銭的な蓄えが必要になってくる。その蓄えや収入の安定を得るまで結婚をしないという人も出てきて、これが晩婚化に繋がり、同時に高齢出産によるリスクへの不安と、一方で欲しいのに授からないという様々な問題もここには浮上してきます。
これらの全ての問題の根本は”空気感”であるのだろうと思います。
「今年9月の調査で女性の就業率(15歳~64歳)が63%を越え、過去最高の数値となった」という記事を読みましたが、ちょうど子育て世代の30代の数値だけは断トツに就業率が低い状況になっています。これまで挙げてきたような理由からでしょう。まずは、社会全体で子どもを育てやすい空気を作ることが必要です。私なりに言わせて頂くとすれば、確かに子育て中には周りに迷惑をかけたり、あるいはかけられたりするけども、子どもは国の宝。結局はその子どもたちが国を支えてくれるのです。それを忘れて、子育てを当事者のママだけが負担に感じるような雰囲気では、働く責任も果たし、社会に還元をしながらも、無理や大変な思いをして子育てをする”働くママ”はいなくなってしまいます。
少子化に歯止めを利かせるためには、皆が「それが当たり前」というぐらいの気持ちでチームとなってカバーし合い、それがつまりは未来への投資になるという共通見解を持つこと。その行動はとても素敵なことだというような前向きな空気感をいかに醸成していくか。これがどんな政策よりも最も大切なことのような気がします。
武田美保たけだみほ
アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト
アテネ五輪で、立花美哉さんとのデュエットで銀メダルを獲得。また、2001年の世界選手権では金メダルを獲得し、世界の頂点に。オリンピック三大会連続出場し、5つのメダルを獲得。夏季五輪において日本女子歴代…
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