当たり前ですが、同じ失敗を繰り返さないために振り返りは欠かせません。同じように、成功を再現しつづけるにも振り返って総括しておくことは、個人でも組織でもとても大切です。もちろん、総括すれば必ずうまくいくという訳ではありませんし、過去の成功や失敗に縛られてしまうという危険性もありますが、基本的には過去を参照できるのとそうでないのでは結果は違ってくるでしょう。優れた組織や結果を出せるベテランというのは、しっかり総括することが習慣化されているのではないかと思います。
その点で気になるのは、企業の人事部です。営業などのラインでは仕事の成否が数字で明確になるため、何故こういう結果になったのかという疑問が自然に湧いてきて、振り返るという行動に移されますが、人事という仕事はその結果が数字になりにくいので振り返る動機が生まれにくい面があります。過去に行った人事異動や昇進は、振り返ってどうだったかとはなかなか考えません。評価・等級・給与・褒賞などの人事制度の変更、研修の実施、就業ルールの改廃、採用など、人事部が手掛ける業務は幅広いものがありますが、そのいずれもが数字ではっきりと表現されるものではなく、したがって総括がなされることはほとんどありません。
また総括というのは、精神的に大変な面があります。それは、実行した責任者や担当者を批判することにつながりかねないからで、同じ会社であれば元上司や先輩がやったことを評価し、場合によっては失敗であったと結論づけなければならないとすれば、気が進まないのは当然かもしれません。そして、総括が難しい(総括から逃げた)結果として利用されているのが、「モチベーション」や「組織風土」をサーベイ調査して数値化、可視化するような商品なのでしょう。しかしながら、こういうサーベイ商品は、総括とは全く異なるもので代替品とはなり得ません。
サーベイ商品とは、一般的な観点や基準から見て(他の会社と比較して)、自社の現状を診てみましょうというサービスであり、そこには総括に欠かせないストーリーがありません。総括とは、単なる結果ではなく、過去において誰が何を、どう考えてどのようなプロセスを経て実行したかを明らかにし、その成否を現時点で評価しようとするもので、サーベイ商品から分かる現状分析はせいぜいその参考資料です。また、過去に対する何の総括もなく、サーベイ商品が示す現状の問題点だけを見てその解決策を講じようとするなら、人事としての一貫性のなさだけでなく、過去に効果の無かった施策をまた繰り返してしまうことにもなりかねません。サーベイが好きな人事部は少なくありませんが、それはむしろ総括を避け、総括からどんどん遠ざかっているようにも見えます。
だからだと思いますが、人事ほど新しいコンセプトやワードが出ては消えを繰り返す分野はないでしょう。「評価」で言えば、360度評価(多面評価)、MBOやOKR(目標管理の仕組み)、コンピテンシー、ノーレイティング(ランク付けしない評価の仕組み)など。研修の内容には何年かごとに流行り廃りがあって、仕組みでもカフェテリア制度や選抜型教育などが注目されては下火になり、最近は学び直しやリカレント教育、リスキリングといった言葉を盛んに目にします。ほかにも、1on1ミーティングとか、心理的安全性だとか、エンゲージメント、リチーミングなどなど次から次に新しいものが登場してきています。人材系の会社のホームページを見ると「用語集」というページがよくありますが、それくらい人事関係の仕事をしている人でも混乱気味なのではないかと想像します。
新しい考え方や言葉に振り回されることなく、一貫性を持って自社らしい人事施策を打ち続けるには、総括から始めなければなりません。そして、しっかりした総括があれば、それが判断基準となって、新しい考え方やワードを適切に取捨選択し、効果的に活かしていけるようになるでしょう。そう考えると、総括とは人事施策の根本思想を作ることであり、人事担当役員や人事責任者が当たるべき重要な仕事と言えます。また、昔からの経緯経過をリアルに振り返るのは、自社で長いキャリアを持っている責任者だからこそできることでもあります。働き方の多様化や日本的雇用慣習の見直しが進む中、新しい考え方を学び、取り入れていく必要がありますが、それが流行に左右されただけに終わるのか、効果的な人事施策につながっていくのかは、人事部長の総括する力にかかっています。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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