「キャリアの8割は、偶然の出来事で決まる」と言ったのは、アメリカ・スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授。優れたキャリアは、多くの場合、事前に想定していなかった出会いや経験をうまく捉えたことがターニングポイントとなって出来上がるのであって、事前の計画によって築かれるものではないという「計画的偶発性理論」です。
「職業人生においては、将来の目標を明確にし、そこから逆算するように自らの学びや経験などについて計画を立て、それを着実に実行していくことが重要だ」という“キャリアデザイン”とは真逆の考え方といえますが、キャリア理論として広く支持されています。多くの人に、そのような実体験があるからでしょう。
「偶然」の重要性
この理論は、キャリアに限らず応用が利きそうです。子どもの頃を振り返ってみれば、その思い出は当初の予定通りのはずはなく、偶然の出来事ばかりであって、それらはその先の人生に影響を与えます。親が子どもに盛んに習い事をやらせたり、さまざまな機会を与えたりするのも、良い偶然に恵まれることを願っているからです。
学生時代を振り返ってみれば、専攻やゼミの選択、部活動やサークル選び、アルバイト先の選択などはほとんど全てが計画的ではなく、たまたまであり、しかもそこで偶然に出会った人が恩師となり、生涯の友となり、偶然に手に取った書物が座右の書となることもあります。この時期に、人生の指針となる言葉を恩師や先輩、友人、書物からもらった人も少なくないでしょう。職業に限らず、「人生の8割は、偶然の出来事で決まる」ということです。
もっとも、貴重な偶然の出来事は、何もしないでじっとしているままでは訪れてくれません。それを何事もなかったように流してしまわず、人生の糧にしていく姿勢も重要になるでしょう。クランボルツ教授は、偶然の出来事を引き起こし、それを前向きなターニングポイントにしていくためには、「好奇心」「持続性」「楽観性」「柔軟性」「冒険心」が重要であると述べていますが、このような態度を持ってはじめて、さまざまな場面で起こる偶然の出来事をきっかけに、人生が豊かになっていくのだろうと思います。
楽しそうな高齢者の「ターニングポイント」
これは高齢期も同じであると考えます。
高齢期を迎えると、仕事や収入、家族や友人関係、周辺環境などで大きな変化が訪れます。そして、その期間は今や20~30年で、職業人生や成人するまでに要する年数に匹敵する長さです。
また、「何十年も前からの友人が高齢期になっても近くにいて、今でも一緒に楽しんでいる」というようなケースはあまりありません。何らかの事情で離れ離れになり、「年賀状だけ」とか「たまに連絡するくらい」といった関係になるのが普通です。
こういった状況を放置して、代わり映えしない日々を過ごすには高齢期は長すぎるわけで、高齢期にもやはり、ターニングポイントとなる偶然の出来事や出会いは欠かせません。
筆者は多くの高齢者を取材してきていますが、楽しそうな人たちを見ていると、高齢期に入って新しい友達、場、活動と巡り合った人がかなり多いように感じます。
趣味やスポーツの会に参加している人、ボランティアなど地域活動に取り組む人、そのほか活動的に暮らしている人たちに話をうかがうと、そのきっかけは、だいたい高齢期に入ってからできた仲間によるものであるようです。また、高齢者住宅に住み替えた人の話を聞くと、「新しい仲間や場を求めて」という目的の人も多くいます。
「時間を持て余さないように、やりたいことや生活スタイルを決めて高齢期を迎えよう」「高齢期を迎える前に、趣味など何か没頭できるものを持とう」という話をよく聞きますが、これは計画を重視する“キャリアデザイン”と同じ発想です。もちろん、計画を立てるのは悪いことではありませんが、実際には、「計画を立てれば楽しい高齢期になる」という単純なものではないでしょう。職業人生において、目標や、なりたい姿とそれまでのプロセスを綿密に計画しても、その通りになる可能性がほとんどないのと同じことです。
それまでの人生と同様、長い高齢期には偶然の出来事による転機が必要です。高齢期は、何もしなければ徐々に人との関係や場を失っていく傾向にありますから、若い人たちよりもさらに、その必要性を認識しておいた方がよいでしょう。偶然の出会いや出来事が起こりやすい環境に身を置いているかどうかを、「終活」の一つに加えてみるのもいいと思います。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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