NHK教育テレビが「めざせ!会社の星」という若いビジネスパーソン向けのスキルアップ情報番組を放送しています。ラジオで何度かご一緒しているお笑いコンビ・アンジャッシュの渡部さんと児嶋さんが司会する楽しく、かつためになる番組です。
先日は、入社1年目の人たちをスタジオに集め「トーク」をテーマに放送していました。彼らの発言の中に、仕事の話はなんとかできるが、仕事に直接関係ない話を、上司や取引先とするのが苦手、という声がいくつかありました。
一般的に、ビジネスパーソンの「トーク術」というと、プレゼン、スピーチなど、ビジネストークが大切だ、と思われがちです。実際、書店に行っても「ビジネス交渉術」のようなものが「どんだけー!」(ちょっと古いか?)というぐらい並んでいます。ところが、放送現場や、私が通っている大学院で若い人たちから直接話を聞くと、むしろ、あまり親しくない人や、目上の人との「なんでもない日常会話が」一番難しいという話をよく聞きます。
実は、この問題を解くキーワードが「ふれあい恐怖的心性」です。ちょっと耳慣れない言葉かもしれません。
「対人恐怖」というと何となくイメージできることでしょう。「人と接するとき過度の緊張から日常生活が困難になる症状」で、現在の診断基準(DSMⅣ)では「社会不安障害」に含まれる概念です。ここまでひどくなくても、人間関係が苦手で、干渉したり干渉されたりが苦手という人はいるものです。これを「深入り恐怖」とか「ふれあい恐怖」と表現する研究者がいます。「ふれあい恐怖的心性」とは、それらよりもさらに軽度な、「人づきあいがあまり得意でなく、人との触れ合いを避けようとする傾向」を示す概念です。(拙著「口のきき方」新潮新書参照)
典型的な症状は、会議やプレゼンは完璧にこなせるのに、コーヒーブレークに入ると、とたんに身の置き所が無くなり、他人と何を話していいやら、そわそわし始める。または、テニスやゴルフという競技そのものを楽しむことはできるのに、プレイの後、食事をしながら和気あいあいとおしゃべりをするのが苦痛で、シャワーも浴びずに飛んで帰ってしまうことがある、というものです。
「仕事の話はできるけど、どうでもいい雑談が苦手」という最近の若者には、この「ふれあい恐怖的心性」と共通する心理を感じます。
人と人の関係には、「役割関係交流」と「感情交流」という2つの形があります。
1つめの「役割関係交流」とは、「○○電気の販売員」として、商品の説明をしたり、レジに案内したりの業務をこなす、という役割を背負って人と向かいあうことです。正しい情報を、簡潔に、適切に伝え、販売につなげる、という明確な目的を担った交流です。「ふれあい恐怖的心性」の傾向を持った人でも、この「役割関係交流」なら、訓練次第で、そんなに緊張することなくこなせます。
彼らが苦手なのは2つ目の「感情交流」なのです。感情交流とは、人と人との心を通じた交わりのことです。言葉を換えれば「ふれあいの交流」ということになります。
【ケース1】
仕事場面で丁丁発止やり合った商談相手と、
ある時たまたま同じ電車で隣り合わせになってしまった。
【ケース2】
苦手な上司とたまたま病院の待合室で一緒になってしまった。
【ケース3】
親友の知り合いと3人で旅行に行くはずが、親友が急な体調不良で、
初対面の人と1泊2日の温泉旅行に行く羽目になった。
さあ、何をどんなふうに話していいものやら。
こんな時「役割関係交流」だけでは会話は成立しません。当然適切な「感情交流」を行わないと、何とも気まずいことになってしまいます。「適切な感情交流」とは、ごく簡単に言えば「互いの心を通わすために、どんな言葉をかけあったらいいのか、知恵を働かす」ということです。
その知恵の一つが「自己開示」です。
自己開示とは、構えることなく自分の素を相手に見せることを言います。見栄を張ったりかっこつけることもなく、妙にヘリくだったり、自己卑下することもない、正直な自分を伝えることです。上手な雑談、上手な世間話には、適度な自己開示が含まれているものです。ではケース1を例に、適切な自己開示による感情交流のパターンを見てみましょう。
【ケース1】
仕事場面で丁丁発止やり合った商談相手と、
ある時たまたま同じ電車で隣り合わせになってしまった。
自分:「あー!びっくりしました、こんなところでまたお会いできるとは(自己開示)!先日は失礼しました」
あちら(商談相手):「いやいやこちらこそ。それにしても奇遇ですねえ(自己開示には自己開示が返ってくる。自己開示の返報性といって、これを繰り返すことで互いの距離が近づいて、親しみの感情が湧く)」
自分:「僕ら、同じ沿線なんですね。私は××駅なんですが(自己開示)」
あちら:「えー、近くなんですね。私は○○駅です(自己開示)」
自分:「一つ先ですか。あそこは急行停車駅だから便利ですねえ。朝はいつも追い越されてますよ(自己開示)」
あちら:「急行はめちゃくちゃ混んで大変なんですよ。新聞なんかとても読めないからもっぱらラジオ聞いてます(自己開示)」
自分:「えー、私もラジオ派です!(自己開示で共通項発見)。どの局ですか?」
あちら:「TBS(”自己開示”に加え、この辺から「です」という丁寧語を排した”タメ語モード”に入り、親しみはさらに増す)」
自分:「お、森本さんの番組だ!これまた奇遇、私も!(自己開示でまた共通項発見)。聴けるのは、どのあたりまでで?」
あちら:「日本全国8時ですの途中までかな(自己開示)」
自分:「早いなあ。僕が電車に乗るころだ(自己開示)」
こんな調子で、一見どうでもいい会話から、共通項を見つけ出し、共感し合い、敬語モードから、徐々にタメ語モードにコードスイッチ(拙著「すべらない敬語」新潮新書参照)まで駆使して、新しい友情をはぐくむ。「ふれあい恐怖的心性」の傾向を克服するには、このような雑談を活用した「感情交流」をお勧めします。
なお、先の【ケース2】、【ケース3】 については、お時間のある時にでも、皆様でシミュレーションしてみてください。
梶原しげるかじわらしげる
フリーアナウンサー
1950年生まれ。神奈川県茅ケ崎出身、早稲田大学法学部卒。文化放送にアナウンサーとして入社。92年からフリーとなる。 バラエティーから報道まで数々の番組に出演し、49歳で東京成徳大学大学院 心理学研…
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