以前に何かの雑誌の取材だったか「手を抜いている人が一人でもいたらリフトはバランスを崩す」というようなお話をした記憶があります。それがどこだったのかずいぶん考えてみたのですが、やはり思い出せず、しかしまたこのことがふと頭をよぎることがありましたので、今回改めてこの例えを用いることにしました。そして今回のテーマは、ここまで来て予想がつくかと思いますが「いい結果を生み出すチームワーク」について。私がチームワークについて重要だと感じていること、また自分なりの考えをお話しさせて頂ければと思います。
まず初めに「手を抜いている人が一人でもいたらリフトはバランスを崩す」とは一体何を意味するかを説明します。シンクロの現役時代、私がチーム競技に出場していたとき「リフト」と呼ばれる技に取り組んでいました。その練習中にこの話通りの体験をすることになった訳なのです。
この「リフト」という技は、チーム競技で最もアクロバティックで躍動感を出せる技術であり、使用曲の盛り上がりと共に上手くこの技を利用すれば非常に効果的に観る人にインパクトを与えることができます。チームメンバーの中で土台となる選手とその土台を蹴って水面上に高く跳び上がる選手(ジャンパー)との役割に分かれ、水面下で土台が完成したことを確認するとすぐ、瞬時にお互いの力加減や気配を感じ合い、それに加えて水面上に浮上する浮力をも利用して、最終的には全員が意気を揃えて全く同じタイミングで最大限の筋力を発揮し、水面上に競り上がります。その力を足の裏から感じ取ったジャンパーは思いきり土台の選手の肩なり、土台の選手の組み合わせた腕の櫓(やぐら)なりを蹴ると、美しい軌跡を描いて宙高く跳び上がることができるのです。
ところが、このリフト。見せ場をより効果的に見せることを目的としているので、技を入れる場所というのがかなり体に負荷がかかった状態のときが多いのです。どんどん曲のテンポが上がっていき、その迫感を素早い足技などを多用して曲を表現した最後の最後、心臓が破れるのではないかという苦しさの中で、急に冷静にお互いを感じ合い、同じ力、同じタイミングで力を発揮させるという職人技のような繊細さが求められ、メンバー中の何人が毎回忠実に同じことができるでしょうか。コンスタントに同じパフォーマンスができなければ目標とする大会でメダルを手にすることはできません。
何よりも恐ろしいことは、チームメンバーの一人が、例えば「苦しいから、相手を感じる余裕がない。とにかく曲のそれらしきタイミングで力さえ出しておけばいい。私一人ぐらい力を抜いたところでリフトがこけることはないだろう。」と、ちょっとでも心に隙や惰性がよぎったらその瞬間に力のバランスが崩れ、ジャンパーは跳ぶ角度が狂い、競り上がるスピードも失速し、最悪ケースでは跳ぶことすらできずに不発に終わってしまうのです。中途半端につぶれたリフトは、怪我のリスクも伴います。本当に面白いぐらい、リフトでは”誰かの手抜き”がバレてしまうのです。
さて、日常でもチームワークが必要な場面は多くあります。仕事でもそうです。スポーツと同じように、身体を使い、相当の集中力も必要とし、怪我のリスクも考えておかなければならない高所で行うようなお仕事もあります。しかし一方で、オフィスの事務など、身体への直接的なリスクが発生しないようなもので長く継続的に行う業務の場合、誰かの小さな手抜きが1日ぐらいで危機に直結するようなことはあまりありません。なんとなくじわじわ・・・じわじわとマイナス方向に向かうのです。
周りに気づかれにくいと厄介で、自分で手を抜いたと自意識があっても、それがバレないからそのままにしておく。そしてまたそのうちに誰かが手を抜く。またバレない。それを繰り返していくうちに色んな手抜きが積み重なり、どこから改善すべきなのか処方箋も見つからなくなり、その最たるものが「あの人全然ちゃんとやってないから、今日の私の手抜きなんて可愛いもんだ。」などと、手抜きを肯定してしまうということも出てきてしまったりします。全員がそんな考えのチームに成り果ててしまったら、「最高の結果を得るために今のままでは駄目だ。みんな今一度全力を出し切って取り組もう!」という声も上がって来なくなるでしょう。悪循環ですね。
自分が全力を出していないと知っていて後ろめたさを感じる人からは、みんなを引っ張るような前向きな発言は出てきません。さらには個人的に名指しで手抜きを指摘されでもしたら、チームが求めている成果よりも、「何で私だけが言われるの?」と自尊心というプライドを守ることが優先され、真っ当な指摘だったにも関わらず敵意の感情で仲間を見てしまうことになります。チームとしてのコミュニケーションが成り立たない最悪な空気感です。
前向きな言葉が出てくる人からは少なくとも自分に嘘がなく、やってきた仕事に対していい意味での自信を持っている人だと思います。このような手抜きがない人が集まったチームは、ちょっとでもチームの成長に陰りを感じれば、それを必ず察知し、迷わず誰かが声を掛け、それが時に厳しい叱咤に聞こえたとしても、素直に「気を引き締めよう。」と受け止められる空気感が存在しているはずです。
私も日本、又世界、オリンピックなどの色々な大会で様々なチームを見てきましたが、勝つチーム、良い演技をするチームとそうでないチームとは、上記のような違いを感じることが度々ありました。
チームワークをより高めるためには、前向きな議論が必要です。上がる声が多ければ色んな知恵も出てきます。言葉なくしてお互いを感じ合うなんていう領域には入っていけません。チームワークではこのように風通しのいい人間関係が大前提だと思います。素晴らしい成果や結果を求めるために、「”誰かの手抜きがわかりやすい”環境作り」を上手にするというのもポイントかもしれません。だって人はついつい手を抜きたくなる動物ですから(笑)
改めて私も、手抜きなしで頑張らなくては。
気を引き締め直します。
武田美保たけだみほ
アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト
アテネ五輪で、立花美哉さんとのデュエットで銀メダルを獲得。また、2001年の世界選手権では金メダルを獲得し、世界の頂点に。オリンピック三大会連続出場し、5つのメダルを獲得。夏季五輪において日本女子歴代…
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