今回は「日本で一番優秀なカウンセラーはどこにいるか?」についてお話ししたいと思います。まずは、私がカウンセリングの勉強をしていたときに聞いた話をお伝えします。
『90年代の初め、あるアメリカの労働団体が日本の労働事情の調査に来ました。東京のいろいろな企業を訪問して、アメリカとの違いを研究するために日本を訪れたのです。今回の調査団のテーマは、「日本の労働者はなぜこれだけ長時間キツイ労働をしても、こころの病気にならないのか」でした。アメリカ人にとって、日本人が長い時間がむしゃらに働いている姿は異様に映るだけでなく、なぜ精神状態を維持したまま仕事が続けられるのかが不思議でしょうがないようです。
調査団のメンバーは「さぞ、優秀なカウンセラーが企業にいて、労働者のこころのケアをおこなっているんだろう」という仮説を持って日本の企業を訪れましたが、どこの企業もカウンセラーなど常駐していません。調査団の疑問は解けぬまま、調査は最終日をむかえました。
最後の企業を訪問し終わると、日本の受入組織の代表が「せっかく日本にお見えになったので、最終日くらいお酒でも飲みましょう」と言って、調査団のメンバーを銀座の高級クラブに連れて行きました。メンバーはそのクラブでホステスたちに囲まれながら、閉店まで楽しく飲み明かし、そして最後にみんなが口々に言いました。「日本の最高のカウンセラーは銀座にいた」と。』
確かに日本のサラリーマンは欧米に比べて働きすぎのところはあるし、かといってすべての企業に相談を受けてくれる専属のカウンセラーが常駐しているわけでもありません。「よし、これは一度調べてみよう!」と私は夜の街に出ました。お金がないので高級クラブにはあまりいけませんでしたが、カウンター席だけでママが一人でやっているスナックや居酒屋へ毎日のように通いました。
確かに、多くの店でネクタイをしたサラリーマンたちが仲間同士の会話やママとのおしゃべりを楽しんでいます。私はカウンターの隅でそのやりとりを観察しながら、「ここが日本のサラリーマンたちの憩いの場なんだなあ」と肌で感じることができました。また、「欧米にはこんな風景があるのだろうか?」などと日本との違いを考えていました。
そしてあるとき、私がスナックのカウンターで一人で静かにウィスキーの水割りを飲んでいると、サラリーマンが酔って店に入ってきてカウンターに座りました。以下、ママとのやりとりです。
客 :「ママ聞いてよ、うちの部長、俺のことわかってくれないんだよね」
ママ:「そう、部長さん、あなたのことわかってくれないんだ」
客 :「そうなんだよ」
ママ:「それは大変ねぇ」
客 :「あの部長、どこかに異動でかわればいいのに」
ママ:「そうね、部長さんかわればいいのにね」
冷静に考えれば、そんなことをママに相談しても何の解決にもなりません。しかし、このサラリーマンはスナックのママに部長をかえてほしいから相談しているではありません。ではなぜ? 私はこの一連のやりとりの中で気づきました。「人間は悩みを解決してほしいから相談するのではない。話を聴いてほしいんだ。自分のことをわかってほしいんだ!」と。
高級クラブのホステスやスナックや居酒屋のママたちは客の話を聴くのが上手いだけではなく、客のことを「わかってあげようとすること」がとても上手なのです。カウンセリング講座で勉強したときは知識でしか頭に入ってなかったのですが、スナックや居酒屋のママと毎日のように接して、はじめてカウンセラーの重要な心構えである「共感」という言葉の意味がわかりました。
私が企業で管理職研修を行なうときの最も主要なテーマが決まりました。単に部下の話を傾聴するということだけではなく、部下のことをわかってあげようとする気持ちである「共感」を持つ企業の管理職をいかに多く増やしていくかを目指す。私が行なう研修では、この「共感」をできるだけわかりやすく説明するために、今でもスナックや居酒屋のママの事例を使っています。
日本で一番優秀なカウンセラーは夜の街にいました。スナックや居酒屋のママは今でも私のカウンセリングの師匠です。今後も昼間はキティちゃん、夜はスナックや居酒屋のママを目標にして自分のカウンセリングのスキルを磨いていくとともに、部下に「共感」できる管理職をできるだけ多く育てていきたいと思います。
次回は「人間のこころと体は連動している」という話をしたいと思います。
キティこうぞうきてぃこうぞう
職場のメンタルケアコーチ
1964年、名古屋生まれ。名古屋大学経済学部経営学科にて、「産業組織心理学」、「マーケティング心理学」を専攻。1987年に卒業後、株式会社名鉄百貨店入社。子供服売場、法人外商を担当し、顧客心理学を実践…
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