車椅子であるにも関わらず、けっこう悩み事の相談をする人がいます。
以前、広島の山あいの町で講演をした後、その町の保健士(女性)さんが尋ねてこられた。思いつめた顔で切々と話す。「自分の担当先に27歳の車椅子の男性がいて、以前は外にでたことがあるけれど、今は全く、外出をしない。自宅に訪問すると、楽しく会話はするが、いくら外出をしたほうがいい、と言っても受け付けない。もっと心を開いて、外にでてほしい。どうしたらいいでしょうか」
しばらく会話をしていて、ふと疑問を感じた。なぜ、外に出ないことが心を開いていないことになるのか。障害者でなくても、一日中、家にいてパソコンやゲームをしたり、モノを書いたり作ったり、外にでない人なんていくらでもいるではないか。本人にとってそれが楽しいからだと思う。
それなのに
障害者になったとたん、外にでて人と交わらないとあたかも心を閉ざされているかのようにとらえられてしまう。
これがまた、子供の障害者ならば、時には無理にでも引っ張っていっていくことも必要かもしれない。いろいろな体験をさせ、それがきっかけで外にでることが楽しくなることもあるからだ。
しかし、もう27歳にもなっているうえ、外の情報も知っている彼にそれが必要だろうか。もしかしたら、彼は家の中での充実した生活リズムを持っていて、それを楽しんでいるのかもしれない。「でられない」のではなく、「でない」だけなのではないか。
「ご本人が出ないと言うのなら、それでいいのではないですか。もし、その人が出たいと言ったなら、いつでもお手伝いしますよ、とおっしゃったらいかがですか」私がそういうと、その保健士さんは釈然としない顔で帰っていった。
こういうケースはよくある。どうもよく一般の人は、障害者に対して子ども扱いをしたり、保護者になってしまう傾向がある。
もっと障害者を一人前の大人としてつきあってほしいと思う
それと、一般的なムードの中に「良い障害者像」のイメージを一方的に描く傾向があるような気がする。積極的に外に出てニコニコ人と交わる障害者は良くて、家にいがちな障害者は良くないかのように。
私自身、相手が何を望むかを肌で感じてよく分かる。だから、外に出て、にこにこ明るく元気な障害者であることを演じていた部分が大きい。それは相手が安心するからだ。これも案外くたびれるもので、その反動が出て、家で当り散らされる夫はいい迷惑だ。
それでもあえてそうしていたのは、何の根拠もなく「障害者は暗い」と思っている人たちに分かってほしい気持ちもあったからだ。でも「よい障害者」も「悪い障害者」もないのだ。健常者と言われる人の中にも障害者の中にもいい人も悪い人もいれば明るい人も暗い人もいる。ただそれだけのこと。
鈴木ひとみすずきひとみ
バリアフリーコンサルタント (UD商品開発とモデル)
1982年ミス・インターナショナル準日本代表に選出され、ファッションモデル等として活躍するが、事故で車椅子生活に。自殺を思うほどの絶望の淵にいたが、恋人や家族の愛に支えられ生きる希望を見いだす。障害者…
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