私は、高齢者・高齢社会に関する研究を行っているNPO法人「老いの工学研究所」で、研究員として活動しています。老いの工学研究所では、情報誌「よっこらしょ」を発行しており、9月初旬にインタビュー取材で、ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英先生とお会いすることができました。
高齢期の生き方などについて色々とお話を伺いましたが、後日、改めて考えたのは「グローバル人材」とは何かということ。益川先生は、英語嫌いでノーベル賞の受賞スピーチも日本語で行ったことで知られていますし、留学どころか海外旅行も授賞式に出向いたのが初めてという人。それでも、外国人からも多くの尊敬を集め、世界のどこでも通用する人材であることに誰も異論はないでしょう。まさに、グローバル人材です。
益川先生を思い浮かべながら、グローバル人材の条件を考えると、次の3点を挙げることができます。
一つ目は、どこででも通用する専門分野を持っていること。もちろん、ノーベル賞学者ほどのレベルに達するのは無理ですが、ある分野においては、世界のどこにいっても語ったり、教えたり、すぐに成果を出せたりするような知識・技術を持つ必要があります。そうでなければ、外国人とビジネスパートナーとしてやっていくのは難しいでしょう。
二つ目は、日本の歴史や文化に詳しいこと。益川先生も戦争前後の歴史や人々の生活、それに対する洞察を語っておられましたが、日本や日本人に関する知識や見識は外国人との対話において欠かせない要素です。なぜなら、外国人は日本や日本人に大いに興味・関心を抱いており、また、異質なアイデンティティを持つ人と一緒に仕事をすることに期待しているからです。日本を知らず、日本人らしさのない人だと分かれば、外国人は失望するに違いありません。
三つ目は、持論や目標を持っていること。益川先生は、「現役時代は専門の仕事だけでなく二束のわらじを履き、いい年になれば後進に道を譲ること」など、仕事や生き方に持論をお持ちで、今後についても国立大に劣らない研究費を確保するための私学連合を作りたいといった夢を話しておられました。空気を読み、互いの立場や感情を慮りながらその場の雰囲気で何となく決めていく日本人と違い、外国人は自分はどう考えるか、自分は何がしたいのかを明確に主張し、意見を戦わせますし、それができないと放置されてしまう。そんな場で働くには、持論や目標に基づく、しっかりとした軸を持って自分の意見を述べられなければなりません。
さて、文部科学省は、グローバル人材の要素として次の三つを挙げています。
要素Ⅰ: 語学力・コミュニケーション能力
要素Ⅱ: 主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感
要素Ⅲ: 異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティ
異論・反論というほどではありませんが、グローバル人材の要素として真っ先に来るのが語学というのは、いかにも残念に感じます。英語ができない日本人が多いことに対する国としての劣等感、英語教育に失敗しましたと言わんばかりの自虐的な態度が見え隠れします。この三つの要素が良いかどうかは別にして、少なくとも、順番は入れ替えるべきでしょう。今、グローバル人材の育成において多くの企業で重視するのが英語など語学力の強化になってしまっているのも、こういう文書の影響がないとは言えません。
そもそも、グローバル人材といったって、世界中を飛び回るわけではありません。普通は、ある国のローカルな人と向き合うだけのこと。ローカル対ローカル、人対人なわけです。そして、向き合う人の関心は、どのような考え方や背景を持つ日本人かということ。それが効率的に伝わるようにするためのツールとして語学力があるだけのことで、語学力がなければ分かり合えないわけでもありません。つまり、ローカルな日本人としての魅力を時間をかけて磨き続けることが、結局はグローバルに通用する人材への王道であり、語学力といった勉強すればそう時間はかからないことに関心を向けすぎるべきではありません。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
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