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コラム 人権・福祉

2004年10月05日

最後の自動車試験

とうとう最後通告をもらってしまった。そりゃそうですよね。何度もトライしても無理なんですから。世の安全の為にも当たり前です。

自分で車を購入出来ない高校生の私は親に相談しました。あり難い事に親は全面協力してくれました。決して裕福な家庭では有りませんが、受かるかも分らない私の為に車を購入してくれたのです。親とはありがたいものです。とはいえ、新車だと勿体無いので中古車を身障者用に改造し練習を始めました。

訓練施設は教習所に交渉し、私の状態を理解してもらい、受け入れてもらえるようになりました。あとが無いので皆必死に協力してくれています。

教習所迄は訓練施設が送迎をしてくれます。さすがリハビリセンターです。毎週2回、施設の職員が付き添い教習所へ通います。教官も初めてのケースで戸惑いながらも、共に頑張ってくれました。でも、おかしいんですよ。車には自力では乗り込めない。教習所の最初に習うのは「安全な乗り降りが出来る事」ですよ。乗り降りが自力で出来ないのに運転さえ出来ればOKなんて。変な国日本です。

(懐かしい・・・)

車の運転は教習所以来。なんか懐かしさが込み上げてきます。と共に、元気な頃の自分に戻ったような、そんな感覚が甦ります。それ自体も懐かしかった。しかし、いつまでもそんな想いに浸っていられません。現実が目の前にあるわけですから。私は思うように動かない腕を必死に動かそうと頑張りました。やはり、麻痺の為腕が動きません。私は頭を振り、上半身を倒し、その勢いで腕を運びます。残された機能すべてを使い必死にハンドルを廻したのでした。

訓練も順調に進み、「車庫入れ、S字クランク」と段階が進み、私の運転技術も確実に進歩していました。そんなある時、ハプニングがおこりました。付き添いには、施設のK職員が付いてくれていた時の事です。

私は突然便意をもよおしたのです。とは言え、完全なる便意はありません。なんとなく、寒気がするのです。嫌な冷や汗と共に寒気がするのです。

「Kさん、ウンコ・・・だ。」

「じゃあ、トイレ行くかぁ。」

Kさんは、慌てる様子も無く、苦笑いしながら私をトイレに連れて行ってくれました。

「どうやる?」

私は尋ねました。

「もう出てるのか?」

 Kさんが尋ねます。

「いやまだだと思う・・」

出る時は異様な寒気が走るのです。なので恐らく出ていないと私は思いました。

「俺が担いで俺に寄りかからせるよ。その間にパンツ脱がすよ。それで様子みよう。」

Kさんは私を担ぎ上げ立たせます。といっても全身麻痺なので立てるはずがなく、Kさんに担がれたままの状態でパンツを脱がせてもらい、便器に座りました。Kさんが様子を尋ねます。

「どうだ?」

「分らない・・・」

実に不思議な会話です。本人が便が出ているかも分らないなんて。

「出てる?」

今度は私がKさんに尋ねます。Kさんは便器を除き答えます。

「出てないな・・」

(よかった・・・間に合った)

もよおすと確実に失禁するのですが、なんとかもったようです。

「このままだと時間がかかるよ」

私はKさんに伝えます。

頚椎損傷者は皆さん便秘になります。固い便がフタをしていて、奥のが出てこないのです。そんな時は肛門に指を入れ、便を掻き出すのです。摘便です。しかし、それをするには手袋やオイルが必要なんです。そんなもの持ってきていません。もうすぐ私の練習が始まります。時間がありません。

「誰にも言うなよ・・・」

Kさんは、そう言うと、手袋もつけず素手で便を描き出してくれました。

温かい皆さんの協力とハプニングの連続での教習所訓練。無事終了し最後の試験となりました。

作業療法士と共に運転試験場へ向かいます。今回は自信ありです。試験場へ着くといつもの試験官がやって来ました。

「やぁ。練習してきた?」

もう完全に顔を覚えられています。

「頑張りました。」

私の声もいつになく元気があります。

「じゃあ乗せてもらおうかな。あっちょっと待って。君の場合、念のため実際のコースを走ってもらおうかな。でも、危ないから他の人が居ない時にしよう。昼休みにでもコースを走ってもらうよ」

そう言い残し、試験官は部屋を出て行きました。約束の時間になり、持参した車に乗り込みました。試験官が来る前に乗り込みすべてを用意しました。何故って、安全な乗り降りが出来ないですからね。まっそれは、試験の範囲ではなく心配しなくても良いのですが。

時間になり試験官が助手席に乗り込みました。

「さぁ、行こう」

試験官の合図で車は走り出しました。外周左回り、右回り、坂通過、坂道発進、徐行、クランク、S字クランク、車庫入れ、縦列駐車。順調に進んでいきます。どのくらいの時間がかかったのでしょう。緊張と共にすべての項目を終えました。試験官の顔は厳しいままです。

「じゃあ、さっきの部屋で待っていてくれるかな」

そう言い残すと試験官は助手席から降りて行きました。私は、心地よいけだるさと共に車椅子に乗り移してもらい、部屋で待ちました。沈痛なムードが漂います。緊張の一時です。

しばらく待つと試験官が来ました。厳しい顔の試験官が口を開きます。

「濱宮さん・・・」

第22話完

濱宮郷詞

濱宮郷詞

濱宮郷詞はまみやさとし

コラムニスト

「何故、自分だけが、寝たきりに・・・」 毎日、死ぬ事ばかり考えていた。 そんな時、あなたと出逢い、あなたがそばに来てくれた時、生きる事に決めたんだ。 あなたが与えてくれた命。目の前には「無限の可能…

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