今年の全国高等学校野球選手権は壮絶な決勝戦で幕を閉じ、これからは甲子園にタイガースが戻り、甲子園球場は秋までまだまだ賑わうだろう。
今年の甲子園は岩手県代表・花巻東高校に注目が集まった。菊地君という怪物投手がいたことが大きな要因であろう。その花巻東と神奈川県代表・横浜隼人高校の対戦が「師弟対決」としてまた注目が集まった。
このようにどんなスポーツや職業も同じだと思うが、尊敬できる良き師匠との出会いというのはその後の人生を大きく左右する。特に師弟で寝食を共にする大相撲の世界はその傾向が際立っているように思う。10代、20代前半は人格等が形成される大事な時期であるし、その時期に一緒に生活をするというのはとても大きなことだ。
現在、相撲部屋の数は52部屋ある。私が大相撲入りを決意したとき「お前は出羽海部屋へ行け」と大学の監督に言われた事が私のその後の人生観や物事の価値観を大きく変えていく事になるとは思いもよらなかった。
それは先代出羽海親方(元横綱・佐田の山)との出会いだ。
私は卒業前に高校教師に就職が内定していた。しかし大相撲の夢が捨てられず、就職をせずに相撲の世界に挑戦することになる。
大学時代の成績により、幕下付け出し(大学の好成績による飛び級的制度)の資格を得ていたが、大相撲の合格基準に身長だけが4cm足りなかった。それでも私より低い身長の力士もいたのでそれ程の不安は感じていなかった、というのが正直なところだ。しかし結果は不合格。そしてご存知の方もいらっしゃるだろうが、次の場所にシリコンを注入して、やっとの事で基準を通過したのだ。
元々相撲を取るのに何故身長規定が必要なのかと、大相撲のルールに疑問を感じていた。また、2ヶ月遅れて入門しなければならなかった事やシリコン注入手術から合格までの激痛等があって、私の不満の矛先は師匠に向けられていた。
当時、師匠は協会ナンバー2の事業部長。新弟子検査担当の親方に一言根回しをしていてくれればなどと考えた。そしてこんな簡単な事もしてくれない冷たい人だとも…。何故挑戦する気持ちを分かってくれないのだ、とそんな思いが私の中にあった。
時が経ち、関取になっていた私はある宴席で長く感じていた件の疑問を酒の力も入って、師匠に詰め寄った。師匠は何故動いてくれなかったんですか…と。
返ってきた師匠の言葉は私が予想もしていなかった言葉だった。しかもその言葉で、自分の考え方がいかに筋違いで浅はかだったかをも痛感することになった。
師匠は語ってくれた。
「当時お前は就職が決まっていただろう。力士になるには身体が小さ過ぎるし、そこまで苦労する事は無いと思ったんだ。一度落ちたら諦めてくれるだろう。その方がお前の人生の為になると思ったんだ」と。
相撲部屋の経済事情からすれば弟子は一人でも多い方が良いに決まっている。だが師匠はそんな事よりも、その人間にとって何が一番相応しい事なのか、長い目でそして奥深いところで考えてくれていたと知った。
また、他の親方から聞いたのだが「あの小さい身体で本当にやる気があるなら、一度落とされてもまた戻ってくるはずだ。あいつの気持ちを試す意味でも落としたんだ」とも言っていたらしい。今思えば私が新弟子検査合格の報告をしに行ったとき「合格したか。これからだぞ」と満面の笑みを浮かべて喜んでくれていた。
それに、弟子の四股名を徹夜で考えてくれた話や、私が師匠に借りた金を返しにいくと「貸した覚えが無い」と受け取らなかった事など、厳しい指導の中にも情の厚さもあった。
そして師匠は理事長として20、30年先の大相撲界を慮って大改革を打ち出したが、在任中には達成出来ず志半ばで角界を去ることになった。
当然、現在は師匠と一緒に暮らしてはいないが、今でも言動を師匠に指摘されないようにと心掛けている自分がいる。私はまだ、未熟ではあるが常々師匠の教えを咀嚼して、少しでもこの素晴らしい人間教育や哲学的、徳倫理要素など、講演会等を通して伝えていきたいと思っている。
舞の海秀平まいのうみしゅうへい
元力士
1968年2月17日生まれ。日大相撲部にて活躍。山形県の高校教師の内定が決まっていたにもかかわらず、周囲の反対を押し切って、夢であった大相撲入りを決意。新弟子検査基準(当時)の身長に足りなかったため、…
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