木枯らしの吹く寒い季節になった。
毎年、この季節になると思い出す懐かしい人がいる。
大学を卒業し、念願のアナウンサーとなった私は、報道部に所属し記者クラブに籍を置きながら新人時代は毎日取材に出かけ多くの方々とお会いする日々が続いていた。
中曽根元総理大臣をはじめ、小渕元総理大臣まで歴代の総理大臣とお会いし対談する機会もあった。マスコミの世界に入って25年、ずっと報道畑を歩き続け、その間数え切れないほど多くの方々との出会いがあったが、その中でも今でも鮮明に脳裏に浮かんでくる素晴らしい人がいる。
新人時代、仕事で北海道のある酪農家を訪ねたことがある。初めてお会いした時、私はいつものように名刺を渡しながら挨拶をした。その時、その酪農家の男性は、日に焼けた顔に笑みを含ませながら「僕には、そのような立派な名刺というものはないんですよ。でも、しいて僕の名刺と言うならば、これかな」と言って、大きな手のひらを私に見せてくれた。とても肉厚で、大きな手のひらだった。過酷な労働の積み重ねを物語るかのように、ささくれ立ってざらざらしていたが、その手のひらの表情はとても誇り高く温もりがあった。
まぎれもなく、その手のひらには、その男性の人生が刻み込まれていた。私は歴史が刻み込まれた手のひらを見て、自分が渡した薄っぺらな名刺がとても恥ずかしく思ったことを、今でも思い出す。
生きるということは・本物とは・豊かさの本質とは何か、そして人間の原点とは何かを、私は新人時代この方から学ばせて頂いたように思う。あれから何年たっても大きな手のひらの映像は、私の中に教訓として残り、灯火となっている。
今の社会は、お金や権力、肩書きそして偏差値という形あるものだけで人を評価し、そこに価値を見出そうとしている。それ故、形あるものにしがみつこうとする。しがみつけばつくほど大人の心は貧しくなっているように思えてならない。物質的に豊かになった今、それに支えられている人間がそれを失った時、生き続けるために必要なものはその人間の本来の持つ心の豊かさと人間性。肩書きも地位もなくとも、一人の人間として愛され、信頼される人間であることが本当の豊かな人間ではないだろうか。生きづらい世の中だからこそ、今、そのことに気がつかなければならない時ではないかと思う。形あるもので人を評価する希薄な社会の中で、地位や権力にしがみつくことなく、ただひたすら己を信じ、社会正義に反することなく、生きるうえでのポリシーを持ち、もくもくと直向に人生を歩み続ける。その生き様がまわりの人々に安らぎと笑顔、そして感動と生き抜く大いなる力を与えてくれる。
それぞれが自分の人生を精一杯生き、互いに相手の生き方を認め、支え合い、尊重しあい人と人との和を持ち、誰も置き去りにされる人がないようなそんな社会になって欲しい。その心を持った大人がもっと多くなったなら、子どもたちが未来に向ける目は、もっと生き生きと輝くように思う。
春日美奈子かすがみなこ
フリージャーナリスト
國學院大學大学院法律研究科法律学専攻修士課程修了。報道畑25年の経験を生かし、少年院や教護院(現・児童自立支援施設)での実習を通し、常に現場の”今”や”生の声”を大切にして、少年問題に取り組んでいる。
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