現役時代は本場所が終るとよく山形の温泉旅館に足を運んだ。15日間の勝負で蓄積した疲れや、怪我を心地よく癒してくれるからだ。
しかし現役を退いてからは、まとまった休みを取ることがなかなかできず、常に何かに追われている心境だ。今は地方で宿を求めるとすれば、仕事の為に泊まるホテルがほとんどだ。
1年のうち、大相撲の地方場所での解説も含め、およそ4ヶ月は地方での仕事。だからホテルに泊まることは多いのだが、朝仕事に出かけ、夜帰ってきて泊まるだけということも少なくない。ホテルで空き時間があっても自ずと次の仕事の事を考えたり、日頃の運動不足を補う為にウォーキングをしたりと、心はなかなか休まることがない。
そんな時に、ホテルマンの真心が伝わってくるような接客にふれると、思わず心がほころぶものだ。
つい先日泊まった大阪のホテルは実に気持ちが良かった。チェックアウトを済ませた私は荷物を持って玄関へ歩き出した。するとどこからともなく現れた女性スタッフが「お荷物をお持ちしましょうか」と声をかけてきた。タクシーのトランクに荷物を積んでもらい次の仕事現場に向かったのだが、その時の自然な笑顔がなんとも素晴らしかった。
言葉にすれば、何ということのないエピソードかもしれない。しかし、この笑顔がどれほど心に残り、そのホテルの素晴らしさを印象づけたことか。私はタクシーの中でしばらく考えてしまった。「営業用の作った笑顔と心の底から自然に醸し出される真心の笑顔とでは、その違いがなんとなくわかるものだな」と。
あるホテルに泊まった時は、いつも愛読している新聞が無いかと尋ねると、「置いていません」とそっけない言葉が返ってきた。取り寄せることもできないと。つれないものだ。一方で私が読む新聞を覚えていてくれていて、1年後に泊まったときに、何も言わなくてもその新聞が部屋に届いていて感激したホテルもあった。
客のわがままをどこまで聞けばいいのか、難しい面もあるだろう。それでも客もホテルマンも人間である。お願いしたことに対してなんとか努力をしてくれたのだと伝われば、納得がいく。自分の家族と接するように、相手の気持ちを慮る配慮が欲しいものだ。
力士時代はいつも、お客様には最高の取り組みを見ていただきたいと稽古を重ね、謙虚な気持ちで相撲道に励んできたつもりである。ホテルマンもしかり、だろう。
真心は必ず相手の心に届くはずだ。笑顔で私を玄関まで見送ってくれた、あの女性スタッフのように。そして私も改めて「謙虚」な気持ちで生活をしなければならないと、新しい1年のスタートに思う。
舞の海秀平まいのうみしゅうへい
元力士
1968年2月17日生まれ。日大相撲部にて活躍。山形県の高校教師の内定が決まっていたにもかかわらず、周囲の反対を押し切って、夢であった大相撲入りを決意。新弟子検査基準(当時)の身長に足りなかったため、…
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