働き方改革では、まず長時間労働の是正から手が付けられようとしている。これについては、30年以上前から欧米に比べて労働時間が長すぎるという指摘はあったし、行政や企業でもそれなりの取り組みは行われてきたが、ほとんど成果はなかった。(年間総労働時間が減ってきているのは、パート・アルバイトなどの非正規あるいは短時間勤務者の比率が増えたからで、正社員についてはほとんど変化がない。)ところが、一昨年から牛丼などの飲食業界のひどい労働環境が問題になり、昨年には電通の社員の自殺があって、政治も企業も以前とは違う本気度が感じられる。
染み付いた仕事の進め方の問題もあるし、組織風土はすぐに変わるものではないし、何より、基本的に「働いた時間分は残業代がもらえる法制度」なので、残業が減ると手当が減るために労働者ももろ手を挙げて賛成はできないという事情もあって、急に労働時間が減るような期待はできないが、徐々にでも労働時間が減っていくのは、今というよりは、むしろ労働者の高齢期にとって良いことである。
早く帰宅すれば、趣味ができる。また現在、規制緩和が検討されている“副業”にも取り組める。正社員で働いてきた人が高齢期に時間と能力を持て余すのは、それまで会社でやってきた仕事以外に、やりたいことがないからである。仕事に時間や活力をとられすぎて、趣味を得たり、会社の仕事とは関係ないスキルを磨いたりする余裕がなかったわけだ。その結果、高齢期に生きがい、やりがい、交流をなくしてしまい、心身の衰えが加速していってしまう。若いうちから、早く帰宅して趣味や副業にいそしめば、引退して急にガクンと衰えることはないから、長く健康を維持できるはずだ。
同一労働同一賃金のガイドラインも策定・発表されようとしている。これは、正社員と非正規社員の差だけに関するものではない。同じ正社員の中でも、同じ仕事・職務なら年齢などの能力に関係のない要素を省いて、同じ賃金・処遇にするという方向に導くものである。そうなって恩恵を受けるのは若年層だ。景気低迷期などに新卒での就職が上手くいかなかった若い非正規社員の賃金が上昇傾向になり、長年に渡って昇給を積み重ねてきた中高年正社員の高い人件費がだんだんと若い正社員たちに配分されるようにもなる。
「収入が低いから」というのが結婚しない理由の上位にあるから、若い人たちの給与が増えれば、未婚率は低下していくだろう。あまり知られていないが、既婚者は単身者に比べて寿命が7~8年ほど長い。欧米でも似たような状況のようだ。栄養状態、生活のリズム、ストレス、相互扶助など様々な理由が考えられるが、いずれにしても、同一労働同一賃金によって中高年正社員よりも若者たちに多く配分していけば、既婚者の割合が増えるから、全体としては長く健康を維持できる人が増えていくだろう。
働き方改革は、現時点においてはもちろん労働問題(働き方の変革と企業の生産性・収益力強化を同時に図ろうとする取り組み)なのだが、長期的な視点では、高齢化が今よりはるかに進む将来に向けて、それでもなお健康寿命が延伸していくことで社会保障制度が持続する安心な社会づくりという取り組みにもなっているのである。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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