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米世論は好印象、株価も大幅高
トランプ大統領が就任して約40日が経ったが、移民の入国制限や保護主義的な通商方針などトランプ旋風が吹き荒れ、世界中から批判と反発を浴びている。ところが2月28日に就任後初めて行った議会演説はこれまでとは打って変わって落ち着いたトーンとなり、内容も比較的穏当だった。トランプ大統領は果たして軟化姿勢に転じたのだろうか。
今回の議会演説の内容は全体として、特定の国や野党・民主党、メディアなどへの攻撃を封印し、極端な保護主義的な発言も出なかった。1月20日の就任演説では、貧困、さびれ果てた工場、犯罪、ギャング、麻薬などをあげて「米国の大虐殺」と表現し、「我々の富、力、自信は消え去った」など暗いトーンが強かったが、今回は「我々は今、アメリカン・スピリッツの復活を目の当たりにしている」「楽観主義によって、不可能に思えた夢を手に入れようとしている」など前向きで明るさを強調した表現が随所にみられた。国民に団結を訴え、議会の共和・民主両党にも繰り返し協力を呼びかけていたことも印象深かった。
注目の経済政策では、官民合わせて1兆㌦のインフラ投資、法人税率の引き下げと中間層への大規模な所得税減税などの方針を改めて表明し、「米国経済のエンジンを再起動させる」と強調した。
こうした議会演説に米国民の反応もよかったようで、CNNが実施した世論調査では演説に好印象を持った人が78%に達したという。トランプ大統領と激しく対立していたCNNやニューヨーク・タイムズも「就任式の暗黒的な演説からトーンを変化させた」「落ち着いてまじめだった」などと評価したそうだ。
議会演説を受けて市場には安心感が広がり、株価は大きく上昇した。演説の翌日(3月1日)のニューヨーク市場でダウ平均株価は303㌦高の2万1115㌦となり、またまた史上最高値を更新した。この日の上げ幅は、昨年11月8日の大統領選後で最大だ。
東京市場も動いた。トランプ大統領が演説していた時間帯は日本時間の3月1日の昼前後で、その日の日経平均株価は274円高と急騰した。翌2日も171円高となり、一時は今年の高値を更新した。
為替相場では、演説内容を評価してドル買いが強まり、円相場は演説前の1㌦=112円70銭近辺から、演説後には114円台に下落した。
肝心な場面では意外に穏健?~首脳会談を成功させた安倍首相
今回の議会演説とこれまでのトランプ大統領の言動を見ると、一つの特徴が浮かび上がってくる。普段は好き勝手に言いたい放題のように見えるトランプ大統領だが、肝心な場面では意外と(?)穏健な態度を見せるということだ。議会演説は直接的には目の前にいる議員たちに語りかける場だったわけだが、減税やインフラ投資にしても国防費増額にしても議員に協力してもらわなければ何も実行できないのであり、そのためには議員が同意できるような内容でなければならなかったと言える。
日米首脳会談でも同じような印象を受けた。トランプ大統領は会談前、「トヨタがメキシコに工場を建てようとしている。ありえない。米国内に工場を作るか、さもなければ高い税金を払え」「日本は米国車を日本市場で販売させないのに、日本車は米国に大きな船で運んでくる。不公平だ」「日本は円安誘導している」などとさんざん日本批判を繰り広げていながら、安倍首相との会談では日本批判は一切なし。それどころか日米同盟の強固さを確認し、共同声明で「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象」を明記したほか、北朝鮮のミサイル発射に関連して「日本と100%ともにある」と明言するなど、予想以上に日本と足並みをそろえる姿勢を示した。
トランプ大統領は、英国のメイ首相やカナダのトルドー首相との首脳会談でも友好ぶりを強調していた。どうもトランプ大統領は、友好関係が必要だと思う相手とは喧嘩を避けて大切にする(形だけかもしれないが…)、意外にそのようなマインドを持っている人かもしれないと思わせる。トランプ大統領の“取扱説明書”がだんだん見えてきたといったところだろうか。
その意味では、安倍首相はうまく対応したと思う。個人的な信頼関係を築く中で、まず日本が米国にとって重要なパートナーであることをしっかり認識させて日米同盟を再確認し、通商・経済問題では日本批判を封じることに成功した。そのうえで、日米経済対話の枠組みを作ることで合意し、個別の懸案は先送りした形となった。トランプ大統領がこの先、日本批判を再開する可能性がないわけではないが、政権の体制がまだできていない現状ではこれがベストの結果だったと言えよう。
しかし最大の懸念は保護主義
こうしてみると今後は、トランプ政権はある程度は安心感を持てるようになるかもしれない。市場にはインフラ投資や減税などの経済政策への期待が高く、株価上昇傾向は続きそうだ。
しかしそれでもなお不安は尽きない。トランプ大統領への懸念は3つにまとめることができる。
まず第1は、何といっても保護主義が問題だ。今回の議会演説でも、表現としては抑制されていたが、「NAFTAを結んでから米製造業は4分の1以上の雇用を失った」「昨年の貿易赤字は8000億㌦近くに達する」など、全体として保護主義的な姿勢が貫かれている。NAFTAの見直しや国境税(または法人税の国境調整)などが今後どのように具体化されていくのか、警戒が怠れない。
また、トランプ大統領の保護主義が欧州に伝播していることも気がかりだ。今年は3月15日にオランダ総選挙、4月23日にフランス大統領選(過半数を獲得する候補者がいなければ、上位2候補で5月7日に決選投票)、そして秋にはドイツ総選挙と、欧州で国政選挙が相次ぐ。オランダとフランスでは「反移民」「半EU」を掲げる極右が支持を伸ばしており、特にフランスでは極右政党・国民戦線の女性党首・ルペン氏が多くの世論調査でトップに立っていると伝えられている。
第2の懸念――経済政策の具体化の遅れ
第2は、インフラ投資や減税の具体化が遅れていることだ。トランプ大統領はすでに2月9日に、「驚くべき税制改革を近く発表する」と発言したが、その後の発表はない。議会演説でもその方針を強調したものの、具体的な内容は示されなかった。結局、インフラ投資も減税も選挙中に掲げた公約の域からほとんど進んでいないのだ。
これには二つの理由がありそうだ。一つは、議会との調整。たとえば法人税引き下げについて、トランプ大統領は基本税率を現行の35%から15%に引き下げるとしているのに対し、与党・共和党は20%にするとの案をまとめている。また共和党は、米企業が輸出によって得た利益には法人税の課税を免除し、輸入には20%の課税をする「法人税の国境調整」の案を打ち出しており、ホワイトハウスと共和党との調整はあまり進んでいない様子だ。1兆㌦という巨額のインフラ投資についても、官民からの投資資金の調達や財源などの具体策は出てきていない。
具体化が遅れているもう一つの理由は、それらの具体策を検討し決めていく実働部隊が整っていないことだ。税制改革を所管するのは財務省だが、ムチューシン財務長官は就任したばかりで、報道によると次官以下の幹部はまだ空席だという。米国では政権が交代すると役所の幹部も総入れ替えとなるが、今回は新しい幹部がまだほとんど任命されていないのだ。税制改革の案をまとめるには専門的な知識が必要な上、議会幹部との調整が欠かせない。この分では時間がかかることが予想される。
第3の懸念――不安定な政権運営
そしてこの新政権の体制が整っていないことや閣僚人事がつまずいたことなど、政権運営の不安定さが第3の懸念である。前述の財務長官をはじめ、通商政策の要となる商務長官に指名されたウィルバー・ロス氏もようやく議会の承認を得たばかり。閣僚の半分近くがまだ議会の承認を得られていないという異例の遅さだ。
閣僚人事では労働長官に指名を受けた候補者が辞退したほか、閣僚ではないが国家安全保障担当のフリン大統領補佐官が辞任するなど、政権は出足でつまずいている。
そのうえ、やはり前述のように各省庁の幹部人事が進んでいない。米国では政権交代があると毎回、新政権の下で役所で働きたいという人が自薦他薦で多数応募してくるものだ。しかし筆者が昨年12月にワシントンを訪れた際、「今回は応募が極端に少なく、このままでは役所のポストが埋まらない」との声を耳にしていた。その状態が続いているようだ。今のままでは政策立案や遂行にも支障が出ることも考えられる。
このことが影響したためか、トランプ大統領が就任して以来、よく見ると新しい政策はまだほとんど実行されていない。中には、移民の入国制限のように司法が差し止めを命じたものもあるが、ほとんどは言葉だけが先行しているのである。
日本経済は粘り腰~トランプ旋風をはねのける地力あり
したがって日本としては政府も民間企業も、トランプ大統領の激しい発言に振り回されて右往左往するのではなく、その実現の可能性を冷静に分析して、なるべきことをやるという構えが必要だろう。
かつての80~90年代の日米貿易摩擦の時代は、日本政府は対応が受け身で、しかも後手後手に回り、結局ずるずると米国の要求に対して譲歩に譲歩を重ねるという展開を強いられた。そのうえ、ちょうど日本経済がバブル崩壊によって体力が弱っていく時期と重なっていたため、貿易摩擦による影響が日本経済に打撃となり、経済低迷を長引かせる一因ともなったのであった。
しかし現在の安倍政権は、先の日米首脳会談のように戦略的な外交を展開しており、トランプ政権が今後もし保護主義的な政策を実行に移したり日本に何らかの要求を持ち出して来ても、かつての貿易摩擦の二の舞は避けるような対応力は持ち合わせていると思う。
日本経済も企業も、この間の経済低迷や危機を乗り切ってきたことで、地力がついてきて粘り腰の体質になってきている。そう簡単にはトランプ旋風に負けないだけの体力を身につけていると確信している。トランプ旋風にはもちろん楽観はできないが、日本には底力が備わっている、日本企業はこのことに自信を持ってトランプ旋風をはねのけてほしい。
岡田晃おかだあきら
大阪経済大学特別招聘教授
1947年、大阪市生まれ。1971年に慶應義塾大学を卒業後、日本経済新聞社へ入社。記者、編集委員を経て、テレビ東京へ異動し、「ワールドビジネスサテライト」のマーケットキャスター、同プロデューサー、テレ…
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