私はよく『リーダーシップ』についてのお話を講演のご依頼テーマとして頂きます。その時は選手時代の経験談に基づいた大会毎のチーム作りの状況やキャプテンとして感じたこと、またはリーダーとして引っ張って下さった監督が、とある局面ではどのような導き方をされたかという内容をお話しさせて頂いているのですが、これはあくまで私自身がプレーヤーという立場でのものの見方でした。ところが最近、このプレーヤーという立場ではなく、完全に管理する側というか、監督という立場でものを見なければならない出来事があり、その難しさを感じると共に新鮮な驚きと発見をさせて頂く機会を頂いております。
つい先日、昨年末頃から週に2,3回コーチとして私が担当したちびっ子シンクロスイマー達が、ジュニアの年齢別の全国大会ブロック予選に出場しました。その時のことなんです。
たどたどしいながらコーチの役回りになった私にとって初めて臨む大会でした。”初めて”ということに不安はつきものですが、しかし私の中に不安とは違う、漠然とした「これでいいのだろうか…」という疑問がありました。その原因は、今こうして試合が終わって見ると簡単にわかります。根本的なことを決めなければいけなかったのです。根本的なこととは、『このチームは何を目指すのか?』というものすごく単純なこと。しかしこれが曖昧なまま私達は進んでいました。
お手伝いすることになったクラブは、これまでずっと週末にあるかないかのペースで練習に取り組んで来られていました。選手たちは純粋にシンクロを好きになってくれて、毎週末の練習を楽しみにしているようで、のびのびとした雰囲気でした。私も最初は私自身のお仕事のかたわら「このペースなら通える!」と思い、お手伝いすることを決めたのですが、何回か練習に関わるうちに新しい技ができるようになったちびっ子スイマー達の輝くような表情を見て「ああ。もっともっと上手くなってほしい。全国大会にも連れて行ってやりたい。ただこの練習のペースでは間に合わない…」と感じてきました。そうなんです。シンクロは一つ一つの技術の獲得にとても時間がかかる上に、相当な体力・泳力が必要な競技。コツコツ毎日取り組まなければその全ての強化は図れないのは明白でした。
私はせめて演技の振り付けだけでも格好がつくぐらいの完成度は目指したいと思い、練習を週に最低3回行うことにしてもらいました。しかし、ここで問題発生。選手達は”週末だけのシンクロの練習”という前提で生活をしてきていましたので、平日は別の習い事をしていたり、塾に通っていたり、当然その時間の調整をして頂くことになります。選手の親御さんにはイレギュラーな曜日に練習が入っても、それに対しては大変協力的にやって頂いて有難かったですが、それでもまだ実際は練習量が足りないという現状がありました。ここで私は決めなければいけなかったのだと思います。前述していた『このチームは何を目指すのか?』ということを。予選を突破して全国に出ていくようなクラブになるのなら、他のコーチ、選手、そして選手の親御さんにも十分なご理解を頂いてそれ相当のクラブの体制を整えねばなりません。一方で、楽しくシンクロを続けたいというクラブの方針ならば、選手も私も発表会を目指してこのままゆっくりペースでやっていくことも選択肢としてはありました。ただ、選手たちも試合に対して意欲が湧いてきているのを感じていたので、私はその曖昧な中間路線でとりあえず進めていったような形をとっておりました。
いよいよその試合の前日、少し不安そうな表情の選手がいたので、それを見た私はどうにか胸を張って向かって行ってもらいたいと思い「会場にいけば他のクラブの人が異様に大きく見えたり、上手く見えたりすることがあるけど、それはただの気のせい。みんなも練習を積んできたんだから自分を信じてね。みんなは自分が思っているより強くなってるからね」と言いました。しかし自信を持てるまで徹底的にやってきたという実感を得られるには至っていませんでした。現地に行くと、こんなことが起こりました。私がかけた言葉なんて全く意味がなかったぐらい選手達は目がうろうろして完全に気後れしている様子なんです。メインプールが使える数少ない機会にも、大きな体の強豪チームの先輩スイマー達に圧倒され、端っこの方でちょろちょろ泳ぐのです。真ん中をドカーンと突っ切って、本当の自分達のプールパターンで泳がなければ意味がないのです。私は思わず叫んでいました。「何してんのっ!あなた達も同じ出場選手でしょ!?とろとろしないで真ん中をしっかり泳ぎ切ってきなさいっ!!」と。
リーダーとはなんと難しいものなのか。しっかりした方針を持って、その達成に至るまでの道筋を綿密に練り、選手達の精神的な支柱にならなければいけないことの難しさ。これを痛感した瞬間でした。私の中で、練習の設定に甘さがあったのだと反省しました。方針の打ち出し方に関して他のコーチとミーティングを重ねなければなりませんでした。「これでいいのだろうか…」と疑問を持っていたのに、疑問のまま蓋をしていました。これでいいはずがありません。
選手達の中にも変化がありました。シンクロという競技に対して「もっと上手くなって全国に出たい!」という確かな闘志の炎が灯ったようです。普段あまり感情を露わにしない子が、「来年もっと頑張る!」と大泣きしながら誓っていました。
選手達同様に、私は大変貴重な経験をさせて頂いたと思います。これから試合の総括をして、今後ク ラブの打ち出す方針が、強化路線か?現状路線か?よくよく議論していきたいと思います。
世のリーダーの皆様も、こうして何度も繰り返して苦い経験を積んで来られたのでしょうね。そのご経験が礎となって今日があること、私も心から学ばせて頂きたいと思います。
武田美保たけだみほ
アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト
アテネ五輪で、立花美哉さんとのデュエットで銀メダルを獲得。また、2001年の世界選手権では金メダルを獲得し、世界の頂点に。オリンピック三大会連続出場し、5つのメダルを獲得。夏季五輪において日本女子歴代…
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