大ヒンシュクを承知で、このところお気に入りの自説を勇気を持って吐露してみよう。我らがヒーロー、タイガーウッズについてである。期せずして彼は「セックス依存症」であることを世間に暴露され、全世界の好奇の耳目を集めることとなった。
その後の記者会見でそれまでの行いを反省し、依存症から立ち直るべくカウンセリングを受けて更生の道を歩んでいることを発表したのだが、もしあの時、全世界が注視していた会見の席で、「確かに僕はセックス依存症ですけれど、それが何か?」と開き直ったら、その瞬間おそらくタイガーウッズは神となっただろう。少なくとも神がかった偉業を次々と成し遂げる神の使者のままでいられたのだろうと思う。
現在のタイガーは、もちろん誰にもまして素晴らしいポテンシャルを秘めた希代の天才プレーヤーではあるのだが、神が降臨したとしか思えないような奇跡を、当たり前のようにやってのける、天界からやってきた人ではなくなった。悔やまれるのは、タイガーが偉業を成し遂げてきたパワーの源が「セックス」であると判明したとき、我々はそのことを責めるのではなく、むしろ素直に絶賛すべきだったということ。自らの中にも巣くっている同類の願望を悟られまいと、素早く彼を非難する側に回ってしまった欺瞞を今こそ反省すべきである。
かく言う私こそが、うろたえて、そんな反社会的行為は…などと周囲にコメントしてしまったことを今は赤面しつつ、大いに悔いている。
スポーツの世界に限らず、偉業を成し遂げる、鍛えられし人たちの「報酬」に注目してみると、それが名声であったり、金銭であったり、物品であったり、そしてセックスであったりするのだろうが、取り組むところが偉業であればあるだけ、「報酬」も異常、つまり尋常ではないことは当然である。彼らは常人に無い能力と、常識を超えた鍛え方で、それに見合う「報酬」を得ているのだから、そのことに文句を言われる筋合いは全くない。タイガーは最も高還元率の「報酬」を受け取っていたのだ。
その「報酬」を得るためのエネルギーをモチベーション、または「生きる力」という。
「生きる力」というのは、だから「報酬」を得るために、何くそっと自分を鼓舞して鍛え、苦難や苦行に耐えて前進する力のこと。
…生きる力を育むには自然体験がいい、という話をしたいのであるが、いきなり「報酬」としてのセックス、という導入であったため、文体がいつになく堅い。それで下品の誹りを免れるとは思わないのだが…。
巷では森ガール、山ガールというのが流行っていて、「山スカ」なんていうアウトドアファッションが若い女性に大モテなのだという。
普段の生活の中にドキドキがなくなってきているので、「達成感を味わいたい」「充実感を得たい」「少しだけ自分の限界に挑戦してみたい」という非日常の消費傾向がファッショントレンドになっている、のだそうだ。
確かに自然体験の中には、ゲームなどではどうしても得られない、本物の達成感、充実感が「報酬」として用意されている。自然界で体験するむき出しの、暑い寒い痛い臭い、という刺激によって、体の奥底に潜む太古の昔からの記憶が目覚めてくる。生命存続の危機を予感させる様々な刺激と対峙したとき、生きる力を駆使し、それを克服して「快」へと転換することができると、やがて背骨を持って揺さぶられるような感動が訪れるのだ。
それは人間として望むべきド真ん中の「報酬」を手に入れたからに他ならない。生命維持と種の保存装置として組み込まれている「報酬」を取りに行く行為こそが「生きる力」。
原点に立ち返る自然体験でそれは育まれる。さぁ、野に出よう!
清水国明しみずくにあき
タレント
「あのねのね」で一世を風靡。芸能界きってのアウトドア派、スローライフ実践者としても知られ、子ども達の生きる力を育むための自然体験イベント等を積極的に実施している。また自然と共に生きる自身の経験から、シ…