とうに70歳を超えたと思える老夫婦が、動き急ぐ雑踏の中で、互いに手を繋ぎあってゆっくりとその歩みを進めている姿が、ふと目に入った。
お互いがお互いを思いやり、通行人から守るように、ゆっくりとゆっくりと負担のないように歩いていた。「わぁーいい夫婦だなぁ…」と、思わず見とれてしまった。その光景は実に美しく温もりがあった。そして、手を繋いで歩く二人は、とてもかわいらしく微笑ましく思えた。
この夫婦にもここまでくる間に様々な出来事があったであろう。それを二人で乗り越えて生き、歳を重ねてもお互いに手を繋ぎ合える関係とは、なんて素敵なことだろうか。
歳を重ねても、手を繋いで歩ける人は、今どのくらいいるのだろう。それができる人は、とても幸せだと思う。
人と人との心の繋がりが希薄になり、人を信じることが容易でなくなってきたからこそ、なお一層この老夫婦の姿が、一際目立って私の心を捕らえたのかもしれない。
道行く、大人も若者も、それぞれブランド品に身を包み街を歩いている。それなのに目が生き生きしている人が少ないのはなぜなのだろう。物には満たされていても、心が満たされていないのではないだろうかと、ふと、思った。
物はお金をだせば買えるものだ。しかし、お金では買えないものがある。偽りの心では得られないものがある。それは「人の心」だ。
お金を出して、手を繋いでくださいと言っても、繋いだ手には何の温もりもない。自分の心を偽って手を繋いでも、そこには温もりと安らぎはない。
人は、歳を重ねるごとに、自分の本当の心の根っ子の部分の叫びが、はっきりと聞こえてくるようになる。何が、一番大切かということが。
本当の気持ちが解っていても、その気持ちに背を向けて、世の中なんてこんなものさと諦めている人も多いのではないだろうか。本当は、人と人とが、心を繋いでいくことが、どんなに大切かということを解っている人もきっといるはずだ。
現代は、大人の孤立が進み、社会の中で自分を守ることにエネルギーを注いでいる。自分を中心に物事が回っているものと誤解しがちだ。形のないものは信じられないことから、地位、肩書き、学歴などに縋る。そして、それによって人間を評価するようになっている。人間の価値は、形あるものや数字に現れないことにこそある。それが今、疎かにされている。
先日電車の中で、ある大学生の会話を耳にした。
「この間、社会人の先輩にあったら、人生の中で一番大切なものはお金ではなくて、権力だって。さらに権力をもって、お金を得ることだって言ってたよ。それ、どう思う?」
「それって、結局はお金が大切ということじゃないの。オレは、だめだなぁー。世の中には、そう思って生きている人もいるんだよなー」
二人の学生の会話は続いていた。
形のないものが信じられない人間が、形あるものに縋って生きている典型的な姿だと思った。この二人の学生は、その先輩のような考えの大人にだけはなってほしくないなぁと、傍で聞きながら私は祈った。
お金は生きていくうえでなくてはならないものであり、大切であることは否めない。お金が人生の中で一番大切だと言う人もいる。大切なものの基準や価値観は、人それぞれ違うであろう。しかしお金で買えるものよりも、買えないもののほうが、ずっと価値があることを忘れてはならないと思う。それは、人の心だ。人を信頼し、人を愛し、また愛されることは決してお金では得られない尊いものだ。その尊いものが、物質社会の中で軽んじられ失われている。
そんな世の中だからこそ、人は心の底から形のない温かな大きなものを恋うように思う。社会がさらに病めば、その声はもっと大きくなるだろう。
人が人に優しくならない限りは、その叫びは、それぞれの心の奥にふたをして、声なき声として、心の中で叫びながら生きざるを得ない。これほど切ないことはない。
社会には、色々な職種の人がいて、色々な背景をもって生きている。それぞれを尊重し、認め合い、人と人とが手を繋ぎ、心を繋いで、人という和のある社会にすることが大切だと思う。弱い者の姿に目を背けることなく、その弱い者の姿をはっきりと見すえ、それを支えていく。大人と大人が手を繋ぐ社会になれば、弱い立場の子どもやお年寄りの心が見えてくるように思う。
この老夫婦のように互いに思いやり、心から信頼し合い、手を離さず繋いで歩く姿が、今の社会にあるといいと思う。そのことを早く国政や、社会、大人が気づいて欲しい。子どもの育ちは、親も子も成長、発達できる社会であることも重要な育ちの条件だと思う。
春日美奈子かすがみなこ
フリージャーナリスト
國學院大學大学院法律研究科法律学専攻修士課程修了。報道畑25年の経験を生かし、少年院や教護院(現・児童自立支援施設)での実習を通し、常に現場の”今”や”生の声”を大切にして、少年問題に取り組んでいる。
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