上海のイタリアンレストラン「コラボ」の成功のひとつは店舗展開の正しさにあった。
最初は小さな資本だったので、かっこ悪くても良いから小さい店から始めようとした。そこで中国人スタッフを大切に育てながら、食べていけるようになったら、次の展開を考えようと思っていた。
「最初から見栄を張って家賃の高い店にしていたらとっくにつぶれていた」。
経営者のひとりである黒木氏はそう振り返る。オープン当初、お金がなかった頃は、ひとつの部屋にみんなで住んでいたという。節約生活に耐えながら、頑張ったという。
コラボにとって少ない資本は不利に働かなかった。お金がなかったからこそ慎重な戦略をとることになり、結果的にはそれが成功に繋がった。多額の資本で出店しても高額な家賃で採算が合わずに撤退に追い込まれたり、良い立地に店舗を構えていたことで再開発のために立ち退きにあったりと、上海において飲食店の運営は非常に難しいのだが、コラボは身の丈にあった方法で、堅実にやってきたことで生き延びることができた。
こうした出店場所においては、経営者のひとり、上海出身の陳氏が重要な役割を果たしたことは言うまでもない。その地域に自分達のターゲットがいるかどうかの判断、複雑な市政府との交渉など、すべて陳氏が行っている。中国の商習慣は日本人にはわからないことだらけだ。信頼できる中国人パートナーが仲間として存在していることは、中国でビジネスを行う際には大変重要になってくる。しかも陳氏は日本で仕事をしていたので日本語堪能なだけでなく、日本の文化や精神性も理解している。こうしたパートナーを持っていることはコラボの大きな強みでもある。
もうひとつの成功のポイントはターゲットの絞り方だった。
まずは、日式イタリアンを一番評価してくれる駐在中の日本人にターゲットを絞った。そのうち舌の肥えている香港人、台湾人が加わり、現在は上海人富裕層がお客さんの中では目立つようになった。
コラボはこの客層の変化に合わせてサービスを変えていった。上海の人は大勢で話をしながら、乾杯を繰り返して食事をする。中国ではまだ中華料理店で大きな円卓を囲んで食事をするのが主流だ。コネがモノをいう中国文化において、ディナーの場は信頼関係をつくる社交の場であり、自らのビジネスを有利に運ぶための重要な時間だ。そうしたニーズに合わせて、イタリア料理を大皿に盛り付けて、皆で取り分けるようなスタイルに変えた。さらには、食事をしながら大きな声で気兼ねなく話ができるように、店の雰囲気を作っていった。そうした工夫が功を奏し、富裕層の上海人がリピーターとなってくれた。いまでは上海人がお客さんの半数を占めるまでになり、余るほどの料理や高級なワインをどんどん注文してくれているという。
そうしたニーズを吸い上げ、サービスを臨機応変に変えることができたのも、オーナーである黒木氏、中村氏、陳氏が実際に店に出てお客さんに接しているからだ。
黒木氏は言う。
「日本式の丁寧な接客を中国人スタッフに教えるにはとにかく自分がやって見せるしかありません。現場にいなければサービスの質を管理することもできませんし、中国人スタッフを指導することもできない。でも一番重要なのはオーナーがお客さんにじかに接することです。うちの店はオーナーと日本人シェフの4人が一番汗を流していると思います」。
中国人スタッフは日本人以上には動かない。彼らを動かそうと思えば、自分達が率先して動くしかない。実際レストランのフロアでは、黒木氏が凄まじいスピードで店内を動き回っている。接客、厨房への指示、スタッフの指導とすべてをこなしている。この動きがコラボのリズムを生みだし、そのペースにつられて中国人スタッフも慌しく動き出すのだ。
しかし、コラボは中国人スタッフをただ単にこき使っているわけではない。厨房を例にあげて言うと、日本の料理人にとって厨房というのは修行の場。いくらお給料が安くても、理不尽な目にあっても、それに耐えながら料理の技を身につけていくのが一般的だ。しかし、中国でそれをやったら次の日にはスタッフはいなくなっている。中国人にとっては厨房だろうとフロアだろうと職場はお金を稼ぐ場であり、修行の場ではない。仕事に対する報酬をはっきりさせないとトラブルが起きる。例えば、新しい仕事を覚えてもらおうとすると、「それができるようになったら、お給料はいくら増えるのか」と聞いてくる。日本ではふざけるな、で終わってしまうことでも、こちらでは丁寧に対応していく必要がある。辞められるといつまでたってもスタッフが育たず、店の効率が悪くなるだけだからだ。
中国人スタッフのほとんどが地方から上海に出稼ぎにきている若者で、毎月、田舎に仕送りをしている。残ったお金で細々と生活をしており、豊かになりたいと必死になって働いている。そして彼らは日本人がどれくらい給料をもらっているかを知っているだけでなく、自分の労働が日本だったらいくらの給料になるのかも分かっている。そうした状況の中で、中国人スタッフと信頼関係を築いていくことは中国でビジネスをやる上で重要になってくるのだ。
(つづく)
内田裕子うちだゆうこ
経済ジャーナリスト
大和証券勤務を経て、2000年に財部誠一事務所に移籍し、経済ジャーナリストの活動を始める。テレビ朝日系「サンデープロジェクト」の経済特集チームで取材活動後、BS日テレ「財部ビジネス研究所」で「百年企業…
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