いきなり本論にはいるコミュニケーションが成功する例は、意外に少ないものです。
救急隊員:「ご主人は?」
夫が倒れて慌てる妻:「に、二階の寝室です。呼吸が、どど、どんどん荒くなって」
救急隊員:「おーい、タンカと酸素!じゃ、受け入れ先病院に搬送しますので」
こういう場面では、雑談の入り込む余地はありません。秒を争う緊急事態です。
しかし、世の中、こんなコミュニケーションばかりではありません。
上司:「お、ピンクのワイシャツに紺のネクタイ。決めてるね。そのくらいインパクトがある方がいい。朝飯、しっかり食ったか?カツ丼?君は甲子園の球児か?敵は英国ゆかりの機械メーカー。せめてクロワッサンにミルクティーぐらいでどうなの。クロワッサンはフランス?まいいや。じゃ、軽くプレゼンの中身チェックするか?」
初めての商談相手へのプレゼンに臨み、緊張して出社してきた部下に対して、「デキル上司」は、この程度の軽口で、部下を和ませる。時間にして、ほんの20秒ほどのことです。
これを省いて顔を見るなり「プレゼン、大丈夫だろうな?」と言われるより、部下はよほど落ち着いて本番に臨めるというものです。
実は、仕事では、こんな、なんでもない「雑談」が個人を、組織を活性化し、風通しを良くするものなのです。仕事、という本論の前に交わす、のりしろ部分のような、ゆるく、軽い言葉が交わされる職場かどうかは、組織全体のしなやかさや、モチベーションの高さにつながる非常に大事なポイントです。
ところが、人事部の自己啓発担当者が、年1回恒例、社員向けセミナーのテーマに
「雑談術」なんてものを提案したら、たいてい反対に合いつぶされることでしょう。
「雑談?そんなもん、わざわざ講師を呼んで勉強するテーマか?!もっと、今流行りの、ロジカルシンキングとか、キャリアアップとか、ワークライフバランスとか旬な話がいくらでもあるだろう。雑談?はあ?君、何考えてるの?」
真面目で働き者の上司は、時に、融通の利かない人でもあるのが厄介です。
雑談といったって、近所の人と日向ぼっこしながら井戸端会議をしようというのではありません。いや、近所の人との日向ぼっこの井戸端会議だって、雑談の仕方いかんによって、ただの暇つぶしにも、ビジネスチャンスにもなるのです。
上手な雑談は井戸端会議を、人と人の交流を深めるふれあいの場、顧客獲得のセールスの場や、街の情報を収集するマーケットリサーチの場にしてしまうのです。
雑談で心をつかんだ相手は、損得抜きでのお付き合いができる、生涯の友ともなりうるのです。
ただし、上手な雑談が、誰にでもできると思ったら間違いです。特に、隣の席の同僚が、消しゴムを落としたことを伝えるのに、メールを使うほどに、デジタル漬けの環境にある若い世代にとっては、とりわけ「雑談こそ」学びとらなければならない技術、なのです。
「展示会に週末3日間も通わせたのに、両隣のブースのスタッフと1回も口をきかなかったんだって。普通、気の利いた奴なら、お茶の一杯も一緒に飲んだり、帰りに居酒屋で飲みましょうかと、それなりに親しくなったもんだけどね。今の連中は、人見知りがひどくて驚いた。こういう時に培った人間関係が、あとで効いてくることがあるんだよなあ」
古参の社員はこんな風に嘆くのですが、今はごくあたり前な状況です。
若い世代は、他人と「無駄話をする習慣」がありません。会話はキャチボールとよく言いますが、キャッチボールも、いきなり速球を投げたら、大暴投になってしまいます。暇さえあれば、ちょこちょこ投げ合って、初めて、キャッチボールのスキルは高まります。
会話だって、雑談だって、数をこなさなければ、ここ一番ズバッと相手に本論で切り込むとき、肩慣らしができていないのですから、大すべりしてしまう確率は高まります。若い世代は、そのキャッチボールの始め方から教える必要があるのです。(若いといっても、20代から30代後半ぐらいまでを含みます。)
次回は、その具体的訓練方法を中心にお話しすることにしましょう。
梶原しげるかじわらしげる
フリーアナウンサー
1950年生まれ。神奈川県茅ケ崎出身、早稲田大学法学部卒。文化放送にアナウンサーとして入社。92年からフリーとなる。 バラエティーから報道まで数々の番組に出演し、49歳で東京成徳大学大学院 心理学研…
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