土日に料理を担当するようになって、20年を超えます。それくらい続けているので、思いついたように厨房に立って、奥さんにかえって迷惑になるような、いわゆる男の料理の域は脱していると思います。しかし当然のこととは言え、本当のプロの料理にはかなうはずはありません。どちらかといえば、私は「家に帰って作ってみよう」と思うような料理よりも、「自分には出来ない。味わって楽しむだけにしておこう。」と感じてしまうような優れた料理に出会うのを楽しみにしています。
そういう料理を作る人に話を聞くと、とても素材を大切にしていることが分かります。南麻布にあった和食店の大将は、「味付けを褒められるのは好きではない。なぜなら調味料を食べてもらっているのではないから。あくまで私は食材を食べてもらっているので、この素材が美味しいと言ってもらうのが嬉しい。」と言っていました。あるイタリア料理店の主人は、「料理とは、要は素材の水をどういう方法で、どうやって抜くか、ということ。それは、どれくらい素材を知り尽くしているかで決まってしまう。」と言っていました。
京都の和食店で聞いた、出し巻きの話も印象的でした。いわく、「卵は白身と黄身で、固まり始める温度が違います。黄身が65度くらい、白身は75度くらい。75度以上で巻くと、全部固まってしまうので、出し汁を含ませられないんです。出し汁が全部出てしまう。65度と75度の間の温度で巻き続けると、黄身が固まり、固まっていない白身に出し汁を含ませて巻くことができる。だから、その間の温度で巻き続けているわけです。」あえて包丁を入れずに出された出し巻きに箸を入れると、出し汁が湧くようにしみだしてきました。季節や産地、味や食感、温度によってそれがどう変化するか、他の素材との相性などを知り尽くし、その良さや特徴を出すことに徹するのが本当のプロの料理人というものなのでしょう。
前置きが長くなりましたが、人を育てたり活用したりするのも、その素材を知り尽くすのが最も大切なことに違いありません。人には様々な特性や長所・短所があります。それは肉や魚介や野菜よりも、もっと複雑で奥深いものです。肉や魚のように開いたり、切ったりできるわけではないので、会話や観察によって洞察するしかなく、難しい作業になりますが、上司としては徹底して部下という人材を知り尽くす必要があります。ここを怠ったまま、役割や目標を与えたり、あれを勉強しろ、これを学べ、と言ったりしていては、素材のことをまったく知らずに、味付けのことばかり考えている素人料理人と同じになってしまいます。海外でビックリするような日本料理に出くわすことがありますが、あれと似たようなものと言えるでしょう。
社内の人間関係が希薄になっていき、相互理解が難しくなってきたという事情は承知していますが、それでも、上司が部下という素材を知ろうと努力する姿勢は昔と今とでは雲泥の差があるように思えます。経営者にしても人事部にしても、昔のほうが、はるかに社員一人ひとりを知ろうとする姿勢があったように感じます。結果として、現状の多くの会社では、部下や社員を知らずに、アメリカから輸入されたビジネススキルを学ばせています。それはまるで、きれいなお芋だから美味しい出し汁で煮るだけでよいのに、わざわざマッシュにして、パン粉をつけて揚げて、さらにその上からケチャップやソースをかけまくっているようなものかもしれません。それで素材が生きるのか。そういう観点で社員や部下の育成を考える。本当のプロの料理人に学ぶ点は多いと思います。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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