日常の煩わしさから逃れたくて「無人島で過ごしてみたい・・・」というような気持ちになった経験は、多くの人にあるはずです。ただ、それが何週間も何か月もというような長期間になるとすれば、それは勘弁してもらいたいと考えるのが普通です。さすがに、喜怒哀楽がまったくない生活がずっと続くのは耐え難い。叱られたり褒められたり、頑張ろうとしたり、リラックスしたり、辛い日があれば、嬉しい日があって・・・、そんな変化や刺激のある生活の方がやっぱり良い。それは、他者の存在を抜きに自分を確認することはできず、あまりに苦しいことだと私たちは無意識に分かっているからではないかと思います。
誰にでもその人の前だと、自分の良さが出せる、楽しい、自然体でいられる、頑張れると思える人がいます。もし、そういう存在がいなければ、自分の良さや自分とはどういう人間なのかに気付くことはありません。自分一人だけで、自分はどんな人間かは分からないし、好きな自分になることもできない。好きな自分に出会えるのは、その人のおかげ。自分にはこんな優れた点があるのだと気づかせてくれるから、またその人に会いたくなる。その人が好きであると同時に、その人の前にいる自分も好きという状態です。
このように、自己というものは、自分の中にではなく、他者の中あるいは他者との関係の中にあります。自分の特質は、他者との様々なやりとりの過程における思考、話す内容、行動にこそ見出すことができます。だから、自己の理解度は、多様な他者とどれだけ深く関係してきたかにかかっています。他者との関係が希薄であればあるほど、自己認知の浅い人間になってしまうでしょう。自分とは何かを、自分の中に探そうとして内省的になればなるほど分からなくなるのも当然と言えます。
自分を好きになるためには、よき他者の存在が欠かせません。その存在があって、初めて自分の良い部分が発揮され、自分の良さに気付くことができるからです。そういう他者を多く知り、またその関係を大切にすればするほど、自分の良さに気付き、自分を好きになっていくはずです。他者を愛すれば愛するほど、自分を愛することができる。他者愛と自己愛は、実は比例しているのではないかと思うわけです。
自分好き、自己愛などと言うと、自分勝手で傍若無人な振る舞いや、自己中心的な人達を想像してしまうかもしれませんが、それとは全く異なります。彼らは、他者の視点や気持ちに思いが至らなかったり、場合によっては他者を攻撃したり、屈服させようとします。そのような言動になるのは、他者の中に、好きな自分を見出した経験が乏しいからではないでしょうか。自分の中に自己があると思い込んでいる。でも、そう簡単に自分の中に自己は見いだせない。自分を確認できない、好きな自分を見いだせないのだから、無人島にいるのと同じで、相当に辛い心境でしょう。そこで、どうするか。カネ、地位、名誉、職業、立場など、自己とは関係のない外部価値で武装し、それを根拠に他者に対して優位性を誇示することによって、精神的に落ち着こうとします。自分を見いだせないことに起因する情緒不安定と、その不安定を解消するために行う他者への攻撃行動であり、自己愛ではありません。例えばモンスターペアレンツ、モンスターカスタマーは、このような人達です。
自己愛のある人は、他者や他者との関係の中に自分を見出すことができ、また、他者を愛する術を知っています。だから、会社組織でも、自己愛にあふれる人が揃っているのが良いと私は思います。他者の態度や反応が良ければ、自分の良い部分をそこに発見し、悪ければ、そこに自分の至らぬ点を発見し、自分のせいだと反省できる。自己愛のある上司は、部下を愛することができるので、期待をし、ときに厳しく、ときに優しく、真摯に向き会うことができるでしょう。自己愛のない人は、そもそも上司の資質として疑わしい。部下の仕事ぶりを見て、そこに自分の良さや悪さを発見できず、良ければたまたま、悪ければ部下のせいとしてしまいがちになります。場合によっては、攻撃的なモンスター上司になることもあるかもしれません。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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