「ロジカルシンキング」(論理的思考)が流行したのは、もう20年も前のことです。今やすっかり定着し、企業研修でも定番の一つとなっています。それなりの規模の会社なら、全員が一度は研修を受けたことがあるというくらいのコンテンツでしょう。ロジカルシンキングだけでなく、「フレームワーク思考」「水平思考」「システムシンキング」など、さまざまな思考法が書籍で紹介されるようになり、その研修もバラエティーに富んだものになってきました。では、それらの思考法を学ぶことで、組織や仕事の何が変わったのでしょうか。
実際に「個々の思考のレベルや方法が変わった」「会議や資料が進化した」という実感を持つ企業人は少数派でしょう。もちろん、思考法を身に付けることは大いに意味がありますし、書籍や研修のコンテンツとしても面白いのですが、「日常の仕事にはなかなか生かせていない」というのが実態です。これには理由があります。
そもそも、思考法とは考える「技」ですから、その技を生かす場面が必要です。思考法を生かす場面とは、テーマや問いが立てられた状態のこと。当たり前ですが、テーマや問いがなければ、思考法は駆使できません。そして、そのテーマや問いは、直面する状況や周囲の意見に対する違和感や問題意識から生まれてきます。起こっていることに満足していたり、納得したりしている状態からは、考えるべきことは決して生まれてきません。
また、「満足も得心もしていないが、どうせ考えても無駄だ」「考えても、何を言っても変わらない」と思っている場合も、同じ結果になります。つまり、思考法が日常の業務に生かせない理由は、前者なら、当事者意識や問題意識の低さから来る満足や得心、後者なら、「考えても無駄」という無力感にあります。
せっかく身に付けた思考法を使う場面を見いだせないのは「自分の担当ではないから」「前例や慣習はこうだから」「どうせ、上司は受け入れてくれないだろうから」「全体の空気はこうだから、それに従おう」といった意識があるからです。これは、根本的には組織風土の問題といえます。従業員に考えることを諦めさせ、思考停止の癖をつけてしまった上司、その企業の組織運営やコミュニケーション、そこに漂う空気にこそ問題があります。幹部や人事部は「思考法の研修を受けさせたのに何も変わらない」と嘆きますが、そうなる理由は自分たちにあるというわけです。
もっとも、本人が問題というケースはあります。それは語彙(ごい)が十分でないことです。言うまでもなく、思考は言葉を使って行われ、思考の内容は言葉によってしか表現されません。思考は用いる言葉によって、その深さや広がり、正確さに大きな違いが出てきます。
例えば、2つのちょっとした違いを持つ概念や状況を異なる言葉で区別できる人は、より深く、その中身を掘り下げることができますが、同じ言葉でしか表現できない人の思考はそこで止まってしまいます。また、人の心理やパーソナリティーといった曖昧なこと、登場人物や経緯が複雑な事態を捉える力もその人の語彙に依存します。
要するに、語彙は思考における推進力であって、思考法という技を縦横無尽に使いこなすためには欠かせないものですから、語彙の乏しさも思考法が生かせない原因となるわけです。こう考えると、思考というものは最初に「問題意識や当事者意識」があり、次に技としての「思考法」、その技を存分に生かすための「語彙」の3つの要素が重要であり、思考の「心・技・体」と呼べるでしょう。
企業組織が思考法を生かすには、この3つを視野に入れなければなりません。旺盛な問題意識や当事者意識を育み、それを発揮させる組織風土づくり。そして、読書や社内外の深い交流などを含む、学習習慣を通した語彙の蓄積。この両者に支えられて、思考法が仕事に生きるようになっていくのです。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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