「高齢者」という言葉にポジティブなニュアンスを感じ取る人は、恐らく、ほとんどいないのではないかと思われます。「アンチ・エイジング」が大いにもてはやされているのは、その証明です。ほとんどの人の頭の中には、高齢者=弱者、かわいそうな人々というイメージがあり、「アンチ・エイジング」というのは、自分はそうなりたくない、出来る限りその時期を遅らせよう、という心理の表れと言えるでしょう。
ネガティブなイメージを持つ人にとっては意外でしょうが、高齢者は幸福感が高いことが分かっています。私が研究に参加している、NPO法人の「老いの工学研究所」の調査で、「現在の幸福度、これまでの幸福度」について、100点満点で採点してもらったところ、次のようになりました。
「人生を振り返り、各年代の幸福度を100点満点で評価してください」
(老いの工学研究所調べ。平均年齢72歳の高齢者230名を対象に調査。)
私達の研究だけではなく、世界的にも高齢者の心理的側面の諸研究が「高齢期に、幸福感が維持される」ことを指摘しています。当研究所の調査結果では、上昇傾向にさえあります。高齢者は健康を損なったり、身体的機能が衰えたり、仕事を引退して収入が減ったり、活動範囲が狭まって刺激がなくなったり、家族や友人・知人の死を経験したりする。普通に考えれば、幸福感は低下するはずなのに、実際には幸福感が維持される。この現象を、「加齢のパラドックス」「幸福感のパラドックス」と呼びます。
このパラドックスを説明しようとした理論が、いくつもありますので、ご紹介しましょう。
1.離脱理論(世俗から離れることによる幸福)
高齢者は社会活動から離脱し、活動範囲を縮小する。従って、認知や身体の機能が低下しても、「できない」という否定的感情を持つ機会が自然に減少する。これが、幸福感が維持される理由である。
2.活動理論(新たな取り組みによる幸福)
高齢者は、それぞれの環境に見合った新しい役割や居場所を見出し、社会活動を再開している。これが、幸福感を維持する理由である。
3.継続性理論(強みの発揮による幸福)
高齢者は、自分自身の過去の経験や社会関係を、その後も継続的に活かせるような選択を行っており、社会もまたそれを認め、受け入れている。だから、幸福感を維持できる。
4.最適化理論(目標に対する態度による幸福)
高齢者は、柔軟に目標を変え、また目標の達成に執着しすぎることがない。集中するべき目標を適切に選び、仮にそれが達成できなくても、自己否定することなく、上手に自己を最適な状態に調整できるから、幸福感を維持していけるのである。
5.発達理論(精神的成長による幸福)
高齢者が幸福なのは、「仕事や役割に執着せず、引退を受け入れる」「身体的健康に執着せず、衰えを受け入れる」「死に対しても、逃れられないものとしてそれを受け入れる」という精神的に高次の段階に至るからである。
6.老年的超越理論(精神的超越による幸福)
高齢者は、まず身体的・社会的な限界が出来るのを受容する。さらに、死に対する恐怖ではなく、生と死について新しい認識を持ち、利己主義から利他主義へ移行し、人間関係における深い意味を見出す。このような超越的次元に移行することで、幸福感を維持する。
これらの中に、次世代、若手世代のビジネスパーソンが学べる点は、多くあります。私たちは、どのようにすれば幸福で、やる気や活力に満ちて働くことができるのか。
1、2、3では、高齢者が定年・引退するような劇的な環境変化を得るのは難しいとしても、不得意や短所でなく得意や長所に焦点を当てる、あるいは自分のやりたい活動や特徴、強みが活かせる役割を見出すことの重要性が分かります。4では、現実的・合理的な目標を立て、かつ、その達成にこだわり過ぎない、また、達成できなかったとしてもその事実を柔軟に、前向きに捉えるのが大切だと理解できます。5と6は、全てを受け入れ、広く深い視点・思考によって物事を捉えること。私たちにはまだまだ難しいとしても、いつまでも成長意欲を持ち(すなわち未熟を自覚し)、精神的な高みをそれぞれが自分なりに目指すべきなのでしょう。
モチベーションアップは、高齢者に学べばよいのです。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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