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2021年12月07日

人事部が抱える自己矛盾 ~多様性と評価基準

現在、企業が組織に関して最大のテーマとして掲げているのは「多様性」です。人材が多様で、その多様性がうまくかみ合えばイノベーションが生まれやすいとされているからです。だとすると、冷静に考えてみればおかしな人事施策があります。「評価基準」がその典型です。

評価基準とは、階層や年次、職種などによって定められたもので、それに基づいて評価(人事考課)がなされます。例えば、「係長で◯年目の営業職」であれば能力は△△、意識や取り組み姿勢は□□、出すべき成果は◯◯…などと“標準的なありよう”が定められ、それに対してどうだったかという観点から評価され、昇給・賞与や昇格・昇進などが決まっていきます。

日本の企業のほとんどにある仕組みですが、残念ながら、このような評価制度は多様性を低下させていきます。評価基準に定められた内容に、被評価者の関心が集中するようになり、それが何年も継続されるわけですから、結果として皆が同じような能力や意識を持つようになっていくからです。他の人とは異なる能力や取り組みスタイルを持っている人がいても、それらが評価基準として定められていないことには評価されませんから、そういう人たちは評価基準に合わせるように変わっていくでしょうし、それが無理な場合は、埋もれるか辞めていくかのどちらかになります。

新卒採用においても、「採用したい人物の要件の定義」とか「求める人物像の策定」といったことが大事だと考えている人事部がとても多くあります。人材サービス会社も、クライアント企業に対して「まずは、人物像をつくりましょう。それに基づいて面接評定表を作成し、その評定表に基づいて面接がうまくできるようになれば、狙った学生が採用できます」といった、もっともらしいことを言います。当然、それは先述した「評価基準」と同じで多様性を損なう取り組みですから、仮にそれで採用できたとしても、同質性の高い新人の塊になっているでしょう。

「多様性」と「採用基準」の矛盾に気付いていない会社は多く、そういう会社の学生向け説明会では、「当社は多様性を重視しています」と言った後に、「では、求める人物像について説明します」といった“面白い話”が展開されます。

人材サービス会社が提供するツールにも、おかしなものがあります。クライアント企業に、「社員の方にサーベイ調査を実施し、在籍している人のタイプの特徴や偏りなどを把握しましょう。そして、同様のサーベイを受検した学生の中から、似たタイプを採用すれば入社後の定着が図れます」と勧めるものです。「同質性を高めましょう」と言っているのと同じなのですが、両者ともそれに気付いていません。「“活躍している社員”と似たような学生を採用すれば、活躍する可能性が高まるはずです」と言って、活躍している人の特徴をサーベイで把握しようというツールもあるようですが、そんな簡単な方法で定着率が上がったり、活躍する人が増えたりしたら誰も苦労しません。

心理学者の河合隼雄氏は、著書「こころの処方箋」の中で、こう言っています。「自分の根っこをぐらつかせずに、他人を理解しようとするのなど、甘すぎるのである」「一般の人は人の心がすぐ分かると思っておられるが、人の心がいかに分からないかということを、確信を持って知っているのが専門家の特徴である」と。

河合氏ほどの人であっても、「他人のことは分からない」という前提に立っていることが分かります。そして、分からないからこそ、その人に期待し続けることが大事だといっています。人を分析して分かったような気になって、何か策を講じる(採用する、評価する、配属する、昇格させる)のは、“一般の人”の間違った姿勢だということでしょう。

そう考えると、今、企業が使っている「多様性」は、人間を分析・把握できるものとして扱っている(それに基づいて多様な組織にできると考えている)という点で、間違っているのではないかと感じます。人間は分析・把握できるような単純なものではなく、そもそも多様な存在です。それをわざわざ「評価基準」などを設定して評価し、基準に近づくように暗に強いていくことによって、多様性を低下させてしまっているのです。

「人を分析・把握できる」と思っている時点で、多様性の実現はまだまだ無理だろうと思わざるを得ません。

川口雅裕

川口雅裕

川口雅裕かわぐちまさひろ

NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)

皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…

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