高齢者人口が増えるに従い、さまざまな形の高齢者住宅(主として分譲や賃貸)や、老人ホームなどの施設(主として利用権方式)が登場し、住み替えを検討する人たちも増えています。お話を聞くと、多くの人が“終の棲家(ついのすみか)”と口にされますが、高齢者に関する研究活動を行う筆者は時々、そのニュアンスに違和感を抱きます。
ニュアンスをくんで具体的に言えば、「自分が重い介護状態になって自立生活ができなくなっても、身の回りのいろいろな世話をやってくれる人が、ずっと面倒を見てくれるところであるかどうか」というようなことです。
そして、「介護施設でしか最後まで住めないのでは?」と考える人は少なくありませんし、老人ホームや介護施設が運営するサイトなどにも、介護施設は「人生の最後まで住める」が、自立型の高齢者住宅は「最後まで住めない」というように分類しているようなものがありますが、おかしなことです。
第一に、高齢者が必ず自立生活を営めなくなるわけではなく、現実はむしろ、人生の最後まで自立生活ができる状態で亡くなる人の方が圧倒的に多いからです。
要介護2以上の人の割合は80代後半で23%、90歳超でも半数に満たないくらいなので、多くの人は人生の最後まで自宅で自立生活を営んでいます。なのに、長生きすれば全員が重い要介護になるような前提を立て、だから自立型の高齢者住宅を「最後まで住めない」と決めつけるのは、介護施設の宣伝トークのようなものに過ぎません。
第二に、自立型の高齢者住宅にも医療や介護といったサービスはあり、必要に応じてそれを使えばいい(最後まで住める)からです。
自立型の高齢者住宅の多くは、それを外部の医療機関や介護事業所との提携・連携という形で提供しており、介護施設のように直接、運営者がサービス提供をしているわけではないという違いはあります。しかし、かえってそれがよいという面もあります。高齢者住宅であれば、自分の状態や希望に応じて、必要なときに必要なだけのサービスを受ければよいのですが、介護施設だと(本人の意思に関係なく)一律に、かつ過剰にサービスを提供されてしまうきらいがあるからです。手厚いサービスといえばそうなのですが、その手厚さ(何でもやってくれること)は高齢者にとって衰えにつながりかねません。
要するに、自立型、自立生活を支援するタイプの高齢者住宅においても、基本的に「最後まで住めない」ということはありません。人生の最後まで自立生活が営める可能性の方が高く、また必要になれば高齢者住宅で介護などのサービスを受ければよいからです。
“終の棲家”を定めるのはごく当然のこと
年を取れば、周辺環境もライフスタイルも変化し、身体機能も衰えてきます。そうすると、現役時代には何も感じなかったことが不便になったり、不安になったり、恐れや孤独や危険を感じたりすることが増えてきます。
従って、高齢期にふさわしい環境を改めて考え、“終の棲家”を定めるというのは大事なことだと思います。それは、家族が増えたら部屋数の多い家を望み、仕事場に通うために駅の近くを望み、子どものことを考えて学区などを考慮したのと同じく、人生のいろいろな段階で住まいを変え、環境を整えるのはごく当然かつ賢明なことです。
しかし、“終の棲家”探しのポイントが、「要介護になったら面倒を見てくれるか」でいいのでしょうか。
松尾芭蕉は宗匠として、東京・日本橋を拠点に多くの俳人や弟子たちと交流しながら暮らしていました。しかし晩年、深川へ転居します。何不自由ない暮らしをしている著名な俳人は、なぜ街中から離れ、質素な家での1人暮らしを選んだのでしょうか。諸説ありますが、本当に自分らしく生きる、自分がやりたいことをやるためではなかったかと思います。人が寄ってきてチヤホヤされ、指導を含めて多くの人たちと関わり合いを持たなくてはならないような日常から離れ、自分らしく創作に生きるための環境をつくりたかったのでしょう。
介護が必要な状態になるかどうか、その程度がどれくらいになるかは全く予見不可能であり、かつどこにいても、そうなればそれなりにサービスは受けられるので(それが「地域包括ケア」という言葉の意味です)、介護が手厚いかどうかは大した問題ではありません。それよりも、最後まで自分らしく、楽しく、イキイキと暮らせるのはどこかという基準で検討すべきだろうと思います。
自分にとっての芭蕉庵はどこか。“終の棲家”探しは、そうありたいものです。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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