「人が成長するためには、何が必要だと思いますか?」と聞かれて、『経験』という言葉が浮かばない人はいないでしょう。
難しい局面、予想外の出来事、徹底した繰り返し、未知の課題や自分の力が及ばないような問題に懸命に取り組んだこと、それらの成功や失敗…。ビジネスでキャリアを積まれた方なら、そのような経験があるからこそ今の自分があると考えるのが普通で、経験よりも本やセミナーの方が自らの成長にとって大きかったという人は、多分いない(か、相当に珍しい)はずです。「人は経験によって成長する」のは真理と言ってよいのだと思います。
「だから、社員にはたくさん経験させれば良い」、「とにかく、部下に場数を踏ませることだ」などと、ここで思考を止めてはなりません。「人は経験によって成長する」という前提に立つと、次のような、組織の人材育成に関わる大切な視点が生まれてきます。
■「とにかく経験させる」から「意図をもって経験させる」へ
まず、今の経営者やマネジャーが若かった頃と現在では、出来る経験の質・量が大きく変わってきたことを認識しなければなりません。会社が成長する、組織が大きくなる過程では、昇進や異動が頻繁にあり、新しい事業に挑戦したり、顧客と向き合う機会も豊富にあったりしたので、刺激的で質の高い経験を積みやすかったわけですが、残念ながら現在はそのような環境ではありません。経験の質も量も以前と比べて不足気味になってきているのですから、何もしなければ成長が鈍化するのは当たり前です。
では、この状況をどう補うか。それは、一つ一つの経験を大切にしていく姿勢です。経験を大量に消費してきた時代から、少ない経験を大切に消費していく時代に変わったとも言えるでしょう。「とにかくやらせる」から「意図をもって経験させる」へ、「どんどんやらせる」から「計画的に経験させる」へと発想を切り替えなければなりません。これからどのような経験を、どんなスケジュールで積ませていくかを、個別に検討することが重要だということです。
■「経験か?研修か?」の2択はナンセンス
次に、昔に比べて不足している経験を大切にするということは、各々が経験から感じ、学んだ断片的なものを効率的・効果的に心と頭に定着させる研修などの機会が、より重要になってきているということです。「人を育てるのは経験である」を「研修には大した効果がない」と読みかえてはいけません。よくある話しですが、「経験か研修か」という2択の議論はナンセンスです。経験の中に埋まっているエッセンスを流してしまう、忘れ去ってしまうことがないように、定期的に研修などの機会で総括したり、気づきを与えたりすることが、一層重要になってきています。
「研修をやっても変わらない」、「研修をやるけれど成長していない」という声が、経営者からはよく聞こえてきますが、人を変え、成長させるのは研修ではなく経験です。経験を振り返らせ(総括と体系化)、それを成長にとって有意義なものにするのが研修であるという位置づけを明確にしておかなければなりません。
■不可欠なのは上司からの良質なフィードバック
最後に、上司からの良質でタイムリーな言葉や声がけが、ますます重要になってきています。日々の経験に対して、成功・失敗の原因は何か、どのようにすれば良かったのか、そしてこの経験はどのような意味を持っているのか、そんなフィードバックが上司から行われているかどうかです。そこまでのレベルではなくても、少なくとも反応する、褒める・叱る、チェックする・アドバイスするといったことが上手にされているかどうかで、部下にとって経験したことの意味が大きく変わってきます。
会社から与えられた業績目標を達成することや、結果の良し悪しだけに視点が集中し、数字の管理のみがその役割になっているような上司には、このようなフィードバックはできません。例えば、「仕事は、人を育てるためにも存在している」と考えることができる上司が、組織内にどのくらいいるでしょうか。経験を通して人が育つかどうかは、ここにもかかっていると言えるでしょう。
「何となく経験をさせている」、「総括や体系化が行われない」、「上司が反応してあげない」、こういう組織と、「意図的・計画的に経験をさせている」、「研修などで経験の総括・体系化を促し、定着させている」、「上司が、良質なフィードバックを与えている」という組織の違い。人が育つ組織と育たない組織の違いです。
川口雅裕かわぐちまさひろ
NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)
皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…
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