部下の動機に働きかけるのにもっとも便利なツールは何でしょうか?それは、エンパワーメントです。動機理論にもありましたように、人は任せられて、責任感を感じると猛然とやる気をもつのです。エンパワーメントという言葉は日本でももうすっかり定着した感がありますが、ところがそれが正しく理解されているかというとそうでもないのです。特に、日本語では「権限委譲」と訳してしまうことが多いのですが、これがくせ者です。この言葉によって、本来のエンパワーメントの意味合いがねじ曲げられてしまうのです。エンパワーメントを使いこなすスキルや、発想がなく、日本企業の管理職層の多くに間違って理解され、使われるので、効果を生むことが少ないのです。
では、エンパワーメントとはどのようなものなのでしょうか?今から10年ほど前に、雑誌(「人材教育」日本能率協会マネジメントセンター)や著書(「人材マネジメント戦略」日本日業出版)に「小杉モデル」として発表した、エンパワーメント・フレームワークがあります。
そこでは、「How」のあり・なし、「What/Why」のあり・なしで、4つの象限に分けてエンパワーメントというものを明確に規定しています。「How」とは仕事の実務的な進め方や手法です。「What/Why」とは、その仕事をなぜ、どんな目的で行うのかという本質的理由です。それが、その仕事を任せる人と任せられる人とで、十分に議論され、合意しているということです。
(1) How あり × What/Why あり = (実務上の)権限委譲
(2) How あり × What/Whyなし = 指揮命令
(3) Howなし × What/Whyあり = エンパワーメント
(4) Howなし × What/Whyなし = 丸投げ
目的とともに、細かなやり方まで伝えて、その通り踏襲させるのは、業務引き継ぎ書などに見られるように、これは「権限委譲」であっても、エンパワーメントではありません。エンパワーメントは、「なぜ」、「何を」やるのかという本質的な議論に基づいて、十分な理解と合意の後、あとのやり方は一切任せる、ということです。また、目的も明確に伝えず細かな指示を与えることは、「指揮命令」といいますし、なにも無いまま全部渡してしまうのは、「丸投げ」といいます。よく、「その件はぜーんぶA君にやらせているから、私は関知していないので、彼に聞いてくれ」という責任放棄をする上司がいますが、これは丸投げの典型です。
さて、エンパワーメントは、「How」を任せると言いましたが、すべてほったらかしというわけではありません。目的以外にも、いくつかの条件を明確にしておくことが必要です。
-目標・目的
-使用できるリソース
-制限/制約条件
-結果に対する報奨
-報告義務
特に、報告義務は日報のように毎日ということはあり得ないでしょうが、一週間に一回とか、一ヶ月に一回とか、どんなに長くても3ヶ月に一回は課すべきです。そうでないと、万が一進路がそれている場合にアドバイスや修正をすることができないからです。
このよう説明してくるとお分かりのように、エンパワーメントは人材育成を目的としたツールなのです。この強力なツールを上手く使いこなせると、部下が驚くほど伸びるし、組織も活性化するのです。経営危機にあったブラジルのセムコを復活させた、リカルド・セムラーのセムラーイズムは、エンパワーメントの手法の実例としてあまりに有名です。
小杉俊哉こすぎとしや
合同会社THS経営組織研究所代表社員
日本・外資系両者での人事責任者の経験を含む自身の企業勤務経験、企業へのコンサルティング経験、そして25年に渡るアカデミックな分野での研究を通じて、理論と実践の両面から他分野に亘り説得力のある話を展開し…
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